スローなパリ

ところかわれば

森弘子

パリは現在バカンスシーズン。7月半ば頃から徐々にパリ市内から人が減りはじめ、8月に入った現在では我が家の周りは閑散としています。普段は交通量も多い家のそばの大通りもバスやタクシーがたまに通るくらいです。

交通量といえば、パリ市のイダルゴ市長が7月頭に発表した新たな速度制限措置が話題になっています。内容は、2021年8月30日からパリ市内のほとんどの道路で自動車等の速度制限を時速30kmとすること。パリ市を囲う環状線やシャンゼリゼ大通りなど一部の通りなどは対象外ですが、それらも現在の速度制限時速70kmから時速50kmへ制限される予定です。現在すでにパリ市内の道は約60%が時速30kmとなっていますが、それがほぼ全域に適用されるというラディカルさが話題になっている原因です。現在のパリ市長、イダルゴ市長は2020年の再選の際に公約としてパリの環境問題の改善を掲げており、今回の決定もそれの一部と言えます。

2021年8月30日より適用される速度制限の図解 水色のエリアが時速30kmに制限される範囲、オレンジの通りが時速70kmから時速50kmに制限が変更される道路、赤が環状線で時速70kmが維持される パリ市内のほとんどが時速30kmに制限されることがわかる(出展:Le Parisien)

今回の速度制限適用は大きくは3つのメリットがあるためとされています。
一つ目は、安全性の強化。制限速度を下げると、怪我を伴う事故の件数が平均で約25%減少するとのこと。重大事故や死亡事故では40%以上現象します。低速化することで、都市内での自動車と歩行者や自転車が共存できることになります。
二つ目は、騒音の削減。自動車等の速度を時速20km下げることで、車線付近の騒音を半減(約—3デシベル)させることができます。パリ市内の交通による騒音は以前から問題となっており、公害として健康や生活の質に影響を与え、ストレス、不眠症などの原因となっていると言われています。
三つ目は、公共空間の拡大です。速度を下げることで、歩行者、特にお年寄りや子ども、そしてサイクリストの安全性が上がります。WHO(世界保健機関)によると、歩行者が衝突して死亡するリスクは、衝突速度が時速50kmの場合は80%ですが、時速30kmの場合は10%にまで減少します。さらに、速度を時速50kmから時速30kmに下げることで、平均20〜50cmの道路が確保でき、その分歩道を広げたり、植栽を施したり、自転車道を作ったりと、公共空間を広げ、環境にも配慮した都市空間とすることができます。

普段は交通量の多い家の近くのこのラスパイユ大通りも時速30kmに制限される パリではコロナ禍以降自転車利用が促進され、それに伴いほとんどの道に自転車専用レーンが設けられ、この通りも一番歩道寄りのレーンはバス、タクシー、自転車専用となっている

メリットだらけのように見えますが、商業界からは不満も噴出しています。例えば急いで駆けつけなければならない水漏れ対応業者などは、仕事が制限されるとこの政策に反対しています。さらには、今回の速度制限はタクシーや公共のバスにも適用され、パリ市内の公共交通機関での移動がスムースでなくなるデメリットが発生します。環境対策から公共交通機関の利用を推進している点とバスの速度制限はやや矛盾するようにも感じます。

とは言え、7月頭の告知から実施まで約2ヶ月、内容も非常にラディカル、パリ市と市長の実行力に驚かされます。調査によると、パリ市民の約60%はこの政策におおむね好意的で、特に安全性の向上に期待を示しているようです。8月30日はバカンスも開けるタイミングで、今年の秋は少しちがった静かな風景のパリが見られそうです。