フランスの出産の歴史

ところかわれば

森弘子

昨年の9月から、フランスの大学院に通っています。学んでいる内容は教育科学。子どもたちに建築や都市の楽しさを知ってもらいたいと思い、時々アトリエを開催しているのですが、それをより良いものにしたいと考え、教育学と子どもたちについて深く学ぶことにしました。育児と少しの仕事との両立は、フランス語という言語の壁と相まって、思った以上に大変ですが、これまで学んできた建築や都市計画とは全く異なる内容で、日々新しい文化に出会っています。

私が学んでいるコースは、『Master Education tout au long de la vie』、直訳すると『生涯学習』です。日本では生涯学習というと義務教育後の学びというような気がしますが、ここでは、生まれた時からの学びが含まれ、実際には「学校(義務教育)以外の第三の学びの場」に関連します。生涯にわたる学びのため、成人教育や社会人後の自習に関する授業もあれば、子どもと思春期の精神分析など子どもに特化した内容など多岐にわたり、学生の関心に沿って授業を選択することができます。

子どもたちに関する内容の授業として、『Regards Croisés sur la Petite Enfance(幼い子どもたちへのまなざし)』というセミナー形式の授業を受講しています。この授業では、歴史的、人類学的なアプローチを通して幼児期(la petite enfance)を振り返っていき、各回異なる外部講師が2時間にわたり子どもに関する自身の専門分野について講義します。「アルジェリア(フランスの旧植民地)における子どもの致死率に対する闘い」や「フランスの精子バンクの歴史から何を学ぶか?」など、子どもの環境=生まれる前に関しても取り扱います。

前回の講義はフランスの出産の歴史にまつわる内容でした。歴史の中でも17-18世紀のフランスにおける出産の歴史、主に王室における歴史についてです。17-18世紀といえばフランスは絶対王政の時代で、ヴェルサイユ宮殿を建て、王権神授説をとなえた「太陽王」であるルイ14世や、フランス革命により最後の絶対君主となったルイ16世とマリーアントワネットが生きた時代です。歴史家である今回の講義を行ったセルジー・パリ大学のパスカル・モルミシュ氏は29組のロイヤルファミリー、150件の出産、6人の王、15人の外国へ嫁いだ王妃を対象に研究を行いました。

当時のロイヤルファミリーの結婚はヨーロッパ内の国同士による政略的なものが主でした。王室に生まれた少女は基礎的な教育が済んだ13-15歳で外国の王室へ、「faire de bébé」すなわち「赤ちゃんを産む」ために嫁いでいきます。

王室の出産はやはり特別で、世へ知らせるのも、妊娠3ヶ月になり胎児が動くようになってから。近くの祝日に合わせて一般に発表されます。また、その頃になると生まれてくる子どものための家の準備が始まります。外国の自身の家族へは大使を経由して手紙で伝えられることが多かったそうです。フランス王室の出産はヴェルサイユかフォーテーヌブローの宮殿で行われていました。

このような歴史は、残された王や王妃の日記や親族への手紙、そして担当した医師の日誌から紐解かれます。さらには絵画からも。フランスの大学院で特に歴史に関して学んでいると面白いのが、絵画を一次資料として扱い、分析すること。油絵が発達し数多くの歴史画や宗教画が残っているフランスならではと感じました。

下記の絵画はフランス王室のものではありませんが、Abraham Bosseというエングレービング(凹版画)の作家による『Le Mariage à la ville, 1633 : L’Accouchement(都会の結婚 , 1633年:出産)』という作品です。

背後の壁にはキリストと聖母マリアの絵画が飾られている この絵画では明らかではないが、出産時のお守りとなる天使などのキリスト教関係の絵が近くに置かれることもある
出典:http://expositions.bnf.fr/bosse/grand/079.htm
Abraham Bosse, Le Mariage à la ville, 1633 : L’Accouchement, 1633, Eau-forte et burin, 260 x 337
Tours, MBA, 1992-1-2

この絵画からわかることは、思いの外たくさんあります。右後ろに日常的に使うベッドがありますが、出産は折りたたみのベッドで行われています。妊婦の体はシーツで隠されています。周りには数人の出産を手伝う女性がいます。出産のための道具の入っている箱、出産を手伝う人々の中に、まっすぐとこちらを見る夫がいます。主役であるはずの出産する妻よりも、家長である男性の夫が視線を含めて強調され描かれています。他の絵画にも共通することですが、当時の男性優位のフランス社会を表しています。絵画の左手の暖炉が見えるように、この時代の出産には常に火があります。暖炉の前にいる女性が出てくる赤ちゃんの頭を支えています。このように絵画から当時のフランスの出産の様子を知ることができます。

次の絵画は17世紀の妊婦服が描かれたものです。実はフランス絵画で妊婦服が描かれることはかなり珍しく、講義をした歴史家によると、2枚しか存在しないそうです。

存在する2枚の絵画はいずれもこのAnne d’Autriche(アンヌ・ドートリッシュ)を描いたもの 当時妊娠や出産は王宮の中で完結された儀式であり、一般的に公開されるものではなかったため、このように絵画に残すことは多くなかったと考えられる
出典:https://www.altesses.eu/princes_max.php?image=e5b15ce1ec
Charles Beaubrun, Anne d’Autriche enceinte de 8 mois du futur Louis XIV, 1638, oil

絵画の女性はAnne d’Autriche(アンヌ・ドートリッシュ)。フランス国王ルイ13世の王妃でありルイ14世の母で、妊娠8ヶ月目(日本式でいう妊娠9ヶ月目)の頃の様子です。当時37歳、不仲と言われたルイ13世とできた遅い妊娠です。その後2年後に2人目も出産します。

無事に子が生まれると花火があがり、国中が祝賀ムードに包まれます。出産後は出産した部屋にそのまま9日間とどまり経過を見ます。その後40日間は家で過ごし、40日後にRelevailles(レヴァイユ)という儀式を教会で行います。これは、出産して隔離期間中に教会に行けなかった女性を、再び神のもとに帰すことを目的としたカトリック教会の儀式です。ヨーロッパ、特にフランスではで広く行われていたそうです。

研究の一次資料となる絵画の多くはフランス国立図書館のウェブサイト内にある電子図書館Gallicaで見ることができます。著作権処理されたものであればダウンロード・印刷も可能です。このGallicaは誰でもアクセスでき、パリの昔の地図やクラシックな子どもの切り絵などもあり、見ているだけでも楽しいので是非のぞいて見てはいかがでしょうか。

Gallica
https://gallica.bnf.fr/accueil/fr/content/accueil-fr