- 2024年08月18日更新
仙之助編 十七の六
ウッドワーズ・ガーデンは、入り口の門をくぐると、まず展示館があり、鳥獣の剥製や昆虫のアルコール漬けのビンなどが棚に並んでいた。
さらに、その近くには、巨大な温室があった。鉄製の骨組みにガラスをはめ込んだ天井からは燦々と日が差し込み、屋内は常に真夏のような気温が保たれ、身の丈ほどもある熱帯植物が繁茂していた。
温室の中は、彩り鮮やかな鳥がさえずり、かぐわしい花の香りがする。富三郎は、時々なけなしの金で入場料を払ってここに来ては、遠いハワイを懐かしむことがあった。
いつものように温室で熱帯植物を愛でていると、どこからか日本語らしき会話が聞こえてきた。前日に会った団員が言った通り、使節団の一行がやって来たのだった。
先頭を和服姿の岩倉大使が歩き、その後ろを団員たちがぞろぞろと続いてくる。
時々、案内役らしき白人の紳士が立ち止まっては説明するのを言葉に長けた団員のひとりが通訳する。誰もが興味津々の表情で、キョロキョロと温室の中を見まわしている。
富三郎は、その一団の中に見覚えのある顔を見つけた。
前日と同じように服装を整えた富三郎が彼らに近づくのを不審に思う者は誰もいなかった。しばらくして相手も富三郎に気づいたようだった。
仙之助と同じくらいの年格好の見慣れない青年が隣にいた。
「山口……、林之助と申します。私をおたずねとか」
富三郎は慌てて答えた。
「いや、申し訳ありません。私が探しているのは、横浜出身の仙之助という男でして」
「もしや、山口仙之助さんのお知り合いですか」
「仙之助をご存じなのですか」
「横浜の仕立屋で偶然、お目にかかりました。私と同じ年格好の、メリケンの言葉が達者なお方ですよね」
「そうです、そうです」
「伊藤様の従者になるご予定が果たせず、私たちの使節団には同行できなかったが、必ず渡米するとおっしゃっていましたよ」
「そうですか。それを聞いて安心しました。ありがとうございます」
「こちらで再会できる機会があればいいのですが」
「皆さま方はサンフランシスコにはどのくらい滞在されるのですか」
「当初は、すぐに大陸横断鉄道に乗車すると聞いておりましたが、当地の方々が思いのほかの大歓迎で、あれやこれやとご招待があるようで、今しばらくは、こうしてあちこち見物させて頂くことになるようです」
一行は、温室を出て、名画が展示された美術館を見学し、水鳥の遊ぶ庭園とダチョウやラクダが走り廻る草地のあたりに進んだ。野生のままの姿を見せる珍しい動物に団員たちは一様に目を見張り、驚いていた。