「ていねいな暮らし」カタログ

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『ku:nel』が紡ぐ「ストーリー」
の特徴とは

『an・an』増刊時代から読者の絶大なる支持を得て、2003年に独立創刊した初期『ku:nel』(以下、クウネル)ですが、その内容にはどのような特徴があるでしょうか。

『クウネル』における雑誌全体のテーマは「ストーリーのあるモノと暮らし」です。このフレーズは表紙にも書いてあったので、覚えている方も多いと思います。「ストーリー」という言葉にも現れているように、巻頭や特集記事を長い文章で構成することが『クウネル』の特徴です。アートディレクションを担当していた有山達也氏は、『クウネル』の前には進研ゼミの季刊広報誌『ゆめみらい』のアートディレクションを担当しており、「真っ当な文章と写真があれば、面白おかしく脚色しなくても形になる」「家族のありのままの姿を伝えるだけで成り立つ」ことを経験したと言っています1。それが『クウネル』の原型となっているようです。

私自身は、『クウネル』の内容の特徴は、「パーソナル・ストーリーのある対象に焦点を当て」2、これらを「旅目線で語る」ことにあると考えています。例えば、創刊号の巻頭記事では、ロシアのダーチャ文化をその土地の人と暮らすかのように旅する記事が12ページにわたって掲載されます。北欧でもアメリカ西海岸でもアジアでもなく、ロシア。流行やアイコンとなるようなわかりやすい場所ではないところを選んでいる点に、『クウネル』っぽさ(信念とも言えそうです)があるように思います。1周年記念号では、「手元にずっと置いてもらえるような」雑誌を目指しますとの言葉もあることから3、何度も読み返される小説のようなメディアを目指していたことがわかります。

ku:nel、手描き表紙

ライターの井出幸亮氏は、『クウネル』から「日々の生活の中に肯定的な価値を発見しようというメッセージ」4を受け取り、カリスマ的な役割を担う料理家やデザイナーが自宅を公開するなどして読者に親近感をもたせつつ、「多岐にわたる総合的なライフスタイル」を読者に示したと分析しています。このように、『クウネル』は私たちの普段の暮らしを「ありのまま」に語ることを良しとし、その方法を提案しようとした雑誌であったと言うことができるのではないでしょうか。その結果、第2回でご紹介した地域文化誌の盛り上がりがあったのではないかと私は考えています。
そして、「暮らし」を伝える上での方法論を提案した『クウネル』を見ていくために、もう一つ忘れてはならないのが写真です。次回は、『クウネル』的な写真について考えてみましょう。

(1)「有山達也 対話 岡戸絹枝」(『アイデア』第58巻第4号、2010年6月、pp.18)
(2)阿部純(2017)「ジン(zine)が媒介する場づくりの哲学」(飯田豊・立石祥子編著、『現代メディア・イベント論』、勁草書房、pp.187-226)
(3)『ku:nel』vol.10 2004年11月1日発行
(4)井出幸亮 (2014)「「ライフスタイル」がブームである」(『生活工芸の時代』、新潮社、pp.60-73)

著者について

阿部純

阿部純あべ・じゅん
1982年東京生まれ。広島経済大学メディアビジネス学部メディアビジネス学科准教授。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。専門はメディア文化史。研究対象は、墓に始まり、いまは各地のzineをあさりながらのライフスタイル研究を進める。共著に『現代メディア・イベント論―パブリック・ビューイングからゲーム実況まで』、『文化人とは何か?』など。地元尾道では『AIR zine』という小さな冊子を発行。

連載について

阿部さんは以前、メディア論の視点からお墓について研究していたそうです。そこへ、仕事の都合で東京から尾道へ引っ越した頃から、自身の暮らしぶりや、地域ごとに「ていねいな暮らし」を伝える「地域文化誌」に関心をもつようになったと言います。たしかに、巷で見かける大手の雑誌も、地方で見かける小さな冊子でも、同じようなイメージの暮らしが伝えらえています。それはなぜでしょう。そんな疑問に阿部さんは“ていねいに”向き合っています。