まちづくりで住宅を選ぶ

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下北沢という街はなぜ魅力があるのか?(3)

AgitÁgueda

下北沢という街の魅力を、その空間構造、そして個店という切り口から見てきました。しかし、この二つの点だけでは、下北沢の本当の魅力の根源は解釈できません。下北沢には消費者にとって魅力があるだけでなく、そこで何か新しい価値を生み出したい人にとっても魅力的です。このような環境が戦前には多くの文豪を引き寄せ、さらに70年代からは音楽の街として、また80年代からは演劇の街として、サブカルチャーの拠点としてその名を馳せることになります。このような文化的活動こそが、下北沢という街に独特な個性をもたらすことに貢献したと思われます。それは、消費空間としてマーケティング的な考えに支配されたサラリーマン的志向で開発が進んだ二子玉川やたまプラーザでは、得ることができない街の魅力であるかと思います。

下北沢は、戦前には荻原朔太郎や坂口安吾などの文筆家が住んでいたことから、文学の町という性格を有していました。室生犀星や井上靖、田村泰次郎なども足繁く下北沢に通っていました。彼らは下北沢のまちを題材とした作品を多く残していますが、現在でもその流れは続いており、吉本ばななの『もしもし下北沢』『下北沢について』、藤谷治の『下北沢』などの小説が書かれています。そして、70年代には安アパートに住んでいる若者達が大音量と高級スピーカーで音楽を楽しめるジャズ、ブルース、ロック・バーが下北沢に立地し始め、1979年からはシモキタ音楽フェスティバルも毎年開催されるようになり、カルメン・マキ、金子マリといったミュージシャンを輩出するようになります。1985年にはライブハウス屋根裏が渋谷から下北沢に移転し、ザ・ピーズ、ミッシェル・ガン・エレファント、スピッツ、フジファブリックなどがライブを行います。
そのような流れの中、90年代のバンド・ブームが来て、屋根裏、シェルターといったライブハウスにおいて下北沢はバンド・デビューを夢見る多くの若者を集めることになります。バンプ・オブ・チキン、スネオヘアー、くるり、ナンバーガールなどが下北沢でライブを行い、バンドの街下北沢という個性が形成されていきます。下北沢周辺には2015年頃のデータですが、約30軒のライブハウスが立地しています。これは、1キロ平方当たり約54軒という高密度であり、東京都全体では820軒しかないことを考えると、面積的には東京都平均の約140倍という高集積になります。

theスズナリ

ミュージシャンだけでなく、演劇をする人達にも下北沢は多くの機会を提供してくれている(小劇場のザ・スズナリ)。

私が2018年の3月まで奉職していた明治学院大学は、アルフィーやミッシェル・ガン・エレファント、フィッシュマンズといった多くの優れたバンドを輩出しているのですが、そのトレンドは今でも続いています。そのような中、私が最近、注目して応援しているのが宇宙団というバンドです。宇宙団は2014年より活動を開始した、東京都内を中心に活動するガールズバンドで、2018年1月にはセカンド・フル・アルバム『それなりのつよがり』を発表し、そのジェットコースターのように激しい展開をみせる楽曲と中毒性のあるメロディーで、最近、頓に注目を集めています。この宇宙団のリーダーの望月志保さんは、明治学院大学出身で、私の講義も受けていたので、下北沢という街が有するインキュベーター的な役割に関して、ちょっと取材に協力してもらいました。

宇宙団

下北沢のライブハウスで演奏する宇宙団(中央が今回、取材に協力してくれた望月志保さん)

宇宙団はほぼ週一のペースでライブを行っていますが、そのうちの半分が下北沢だそうです。ただし、下北沢に対しての思い入れというものはそれほど強くなく、むしろ下北沢のバンドという括りで捉えられないように留意しているそうです。ライブの半分を下北沢でしていれば、むしろシモキタ・バンドということで売りに出せばいいのでは、という安直な私の考えに対して、色をつけられることに抵抗しているミュージシャンの自負のようなものを感じると同時に、それだけシモキタというラベルの強さがあることも確認しました。下北沢には「シモキタギターロック」というジャンルもあります。これには、AcidmanやAsian Kun-fu Generationなどが含まれ、ボーカル兼ギター型のバンドを主に指しますが、宇宙団はその独特なる個性が売りであるからこそ、ラベリングをされることを回避したいようです。さて、それなら下北沢以外でライブをすればいいのに、と思いますが、やはり、そのような機会を提供してくれるのは下北沢、そして新宿、渋谷と東京でも決して多くはありません。必然、メジャー・デビューを企てているミュージシャンは、下北沢で修行し、チャンスを掴むタイミングを待つということになります。それは、下北沢には、ライブハウスの集積の高さといったハード・インフラが整備されていることに加え、多くの音楽ファンのニーズを満たす音楽イベントやロック・バーなどの充実した消費環境、さらには、ミュージシャンが集まることでつくられるネットワークというソフト・インフラの質の高さが期待できるからだと推察されます。

このように下北沢は、ミュージシャンや演劇などの活動をしたいと考える人に、多くの機会を提供してくれます。つまり、そこは単なる消費の場ではなく、新たな価値やネットワークを生み出す生産の場となるのです。この街の特徴が、多くの夢を持つ人や、そのような夢の具体化を支援したい人達を下北沢に集わせるのです。

最後に宇宙団の望月さんは、ミュージシャンとしては下北沢のラベリングを避けていますが、シモキタという街自体は好きらしく、着ている服の半分は古着だといい、そのすべてを下北沢で購入しているそうです。

宇宙団2ndフルアルバム 『それなりのつよがり』

宇宙団の全国流通アルバム二枚目の「それなりのつよがり」。東京カランコロンのイチロー氏にプロデュースしてもらったこともあり、よりキャッチーでポップな楽曲となっている。このようなバンドを育てる機能が下北沢にはあるのだ。

著者について

服部圭郎

服部圭郎はっとり・けいろう
龍谷大学政策学部教授
1963年東京都生まれ。東京大学工学部卒業、カリフォルニア大学環境デザイン学部で修士号取得。某民間シンクタンク勤務、明治学院大学経済学部教授を経て、現職。 専門は都市計画、地域研究、コミュニティ・デザイン、フィールドスタディ。 主な著書に『若者のためのまちづくり』『人間都市クリチバ』『衰退を克服したアメリカ中小都市のまちづくり』『ドイツ・縮小時代の都市デザイン』など。技術士(都市・地方計画)、博士(総合政策学)。