<遠野便り>
馬たちとの暮らしから教わること
第10回
7月:ミクロの景色
馬の十戒
馬というのも、こうした田や畑や森に似て、季節や天候や年齢や他者との関係の中で常に変化していて、人の思い通りには必ずしもならず、そのコントロールには熟練や洞察や体力が必要です。馬を含むこれらの存在は、人の<外部=野生>としてあって、豊かで美しくもありますが、ときには非情だったり無慈悲な存在で、だからこそこちらのやる気を起こし、希望にもなってくれるのでしょう。
馬と人の関係性について、毎月あれこれ語ってきましたが、馬が大好きな人々は、古来より馬とどのように生きていくかを模索し、教えやことわざなどで次世代へ語り継いできました。西欧圏のホースマンに伝わる<馬の十戒 The 10 Commandments For Horses>もそのひとつです。<馬の十戒>が、誰によっていつごろ定着した言葉として広まったのかは判然とせず、詠み人知らずのまま、今日まで伝わってきました。けれどもいまなお世界中の、心あるホースマン、ホースウーマンたちへの戒めとなっています。
以下、その意訳ですが、この回までこのコラムで書いてきたテーマや考えに照らしながら、人と馬の関係性について到達した今の時代という地点において、さらに深く、さらに人と馬の良好な関係の地平を開く端緒になればという気持ちで訳出しました。
※原文はインターネットで「The 10 Commandments For Horses」で検索すると数多く出てきます。
もうひとつ注釈的に言うと、馬と人の関係は、人が馬に要求し続ける日々という一方的な関係が基本で、馬が人の社会に何らかの形で役立つ存在になることが最優先とされてきたわけですが、馬からすればそれはどうなんだ、あまりフェアではないだろう、馬の気持ちもあるだろうという目線が、西欧社会で長く伝えられてきたこの<馬の十戒>というものになります。
1 僕の寿命は20年あるいは30年。別れはかならずやってくる。それはきっと辛い。僕と暮らし始める前に君は最初からそのことを覚悟しておいてほしい。
2 僕が君との関係を深めることができるよう、君はゆっくりやること、粘り強くあることを知ってほしいし、少しずつ体得してほしい。
3 僕のことをまずは無条件で全面的に信じることから始めて。そこからしかふたりの幸福の時間を築くことはできないから。
4 怒りを使うことで思い通りにとなると勘違いしないで。叱ることでコントールできると思わないで。かえって逆のことしか起こらないから。
5 いつも君の声が聞きたい。言葉の意味は分からないけれど、君の心は分かるから。
6 覚えておいてほしい。もし君がひどい仕打ちをしたらその仕打ちは僕の心に一生突き刺さったままだ。
7 暴力を使いたくなったら思い出してほしい。僕は君より何倍も強い。けれども最初に僕から君へ暴力をふるうことは決してない。暴力は解決策ではないと分かっているから。
8 素直じゃないとかいじっぱりだとかやる気がないだとかと決めつけないで。その前に君の心にまず問うてほしい。君が、何かを気づいていないのではないか、何かを思い違いしているのではないかと。
9 僕が老いてきたら、僕の老いに寄り添ってほしい。そして君もいつか、君自身の幸福な老いの時間を生きることを。
10 僕の死の際にはそばにいて寄り添っていてほしい。辛すぎてとてもそばにいれないといってどこかに逃げたり避けたりせずに。君がそばにいて、死にゆく僕を撫でていれくれれば僕は最期の時も安心だから。
君のことがいつもいつまでも大好きだ。