<遠野便り>
馬たちとの暮らしから教わること

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8月:ムカイトロゲ

立秋が過ぎ、お盆がやってきて、山に囲まれた盆地に田畑が広がり、その一角に小さな城下町を構える、ふだんは静かなこの町も、帰省の人たちでにぎわっています。帰ってくるのは、都会に出て行った家族や親族ばかりではなく、現生から彼岸へと旅立っていった人たちも含まれます。

遠野の馬の群れ

お盆を過ぎ、秋空が広がる日も増えてきたが、蒸し暑い夏の日もまだ続く。一塊になってアブを避ける。

集落を縫う道を行くと時折、白い旗や赤い旗が、高くそびえるスギの丸太の先端の方にくくりつけられ、風にひらめく農家があります。白い旗は亡くなった家族が男の人、赤い旗は女の人、故人の魂が里帰りするときに迷子にならないよう、戒名を旗に記して高く掲げているのだといいます。「迎え灯籠木」と書きますが土地の人たちは「ムカイトロゲ」と発します。遠野路を初めて訪れた柳田国男が、今から100年以上前の遠野の夏の山村の風景を、『遠野物語』序文の中で鮮やかに描きだしましたが、トロゲの描写は鹿踊りの様子とともにとりわけ印象に残る風景描写のひとつです。

盂蘭盆に新しき仏ある家は紅白の旗を高く揚げて魂を招く風あり。峠の馬上に於て東西を指点するに此旗十数所あり。村人の永住の地を去らんとする者とかりそめに入り込みたる旅人と又かの悠々たる霊山とを黄昏は徐に来りて包容し尽したり。

柳田国男『遠野物語』序文より

田んぼ

馬糞の堆肥と源流の水でここまで育ってきた稲穂。

田の稲穂は登熟が始まっています。一度山に行っていたアキアカネが戻ってきました。ヒグラシが鳴いています。夜明けがずいぶん遅くなりました。夕暮れの風に涼しさを感じるようになりました。

馬たちのいる高原へ至る道沿いのススキが開花して一足早い秋の風情です。高原にたどり着くと、さわやかな風が吹きわたっている日であれば、アブを避けるために一団となって過ごすということもなく、散開して草を食んでいます。この春生まれた子馬たちも、すでにどの個体も離乳時期を迎えているのでしょう、母馬に寄り添うことなく、静かに草を食んでいます。

著者について

徳吉英一郎

徳吉英一郎とくよし・えいいちろう
1960年神奈川県生まれ。小学中学と放課後を開発著しい渋谷駅周辺の(当時まだ残っていた)原っぱや空き地や公園で過ごす。1996年妻と岩手県遠野市に移住。遠野ふるさと村開業、道の駅遠野風の丘開業業務に関わる。NPO法人遠野山里暮らしネットワーク立上げに参加。馬と暮らす現代版曲り家プロジェクト<クイーンズメドウ・カントリーハウス>にて、主に馬事・料理・宿泊施設運営等担当。妻と娘一人。自宅には馬一頭、犬一匹、猫一匹。

連載について

徳吉さんは、岩手県遠野市の早池峰山の南側、遠野盆地の北側にある<クイーンズメドウ・カントリーハウス>と自宅で、馬たちとともに暮らす生活を実践されています。この連載では、一ヶ月に一度、遠野からの季節のお便りとして、徳吉さんに馬たちとの暮らしぶりを伝えてもらいながら、自然との共生の実際を知る手がかりとしたいと思います。