びおの七十二候

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禾乃登・こくものすなわちみのる

禾乃登

秋の訪れを明瞭に知るのは、稲穂の実りです。日増しに稲穂の先が重くなって垂れ、少し色づきはじめると、あゝ秋がやって来たのだと思います。禾乃登は、そんな野の風景を呼び起こします。

越後平野では、収穫期がやって来ると、刈り取られた稲穂の束は田んぼのわき道に立ち並ぶ稲架木ハサギに架け渡されます。ハサギは、かつて越後平野のどこの田園風景にも見られました。
新潟長岡・高田建築事務所の高田清太郎さんによれば、ハサギは子どもの頃の遊び場で、道路の両側に黄金色の稲穂が架かると、まるでトンネルのなかを通っているようだったといいます。機械化が進んで、このようなハサギを使って稲を干している光景を見ることはなくなりましたが、ハサギは越後平野独得のもので、低湿地農民の知恵と苦労のカタチでした。

稲摂田屋ものがたりより

秋の訪れといえば、コオロギやスズムシの虫の音ほど明瞭なものはありません。
どんなに猛暑日続きであっても、夜になると、ほてりの残った草むらから虫の音が聞こえてきて、秋の訪れを知るのです。最初は、朝夕涼しい時間に鳴き出し、時間の巾は、針で測ったように日一日と広がり、鳴き声そのものも大きくなって行きます。
この候では、山口青邨の句に因んで、コオロギについて少しばかり書くことにします。

コオロギやスズムシというけれど、そもそもスズムシはコオロギ科の昆虫です。古くはマツムシと言っていました。
そのコオロギも、キリギリス類やバッタ類とともに、直翅目ちょくしもくを構成する群で、キリギリス類に類縁が多いそうです。平安時代コオロギと呼んだものは、今のキリギリスを言い、キリギリスと呼んだものは今のコオロギを言います。
余談ですが、ゴキブリもコオロギ科の仲間です。ゴキブリも鳴きます。ゴキブリの鳴き声は「キュ」と愛らしい鳴き声ですが、コオロギのように好かれることはありません。

コオロギは全身黒色です。頭は小さく、翅は幅広く、形状は瓜の種に似ています。言われてみると、ゴキブリに似ていなくはありません。ゴキブリが動き回るのに対して、コオロギはじっとしていて、あまり動きません。

そんなコオロギを見ていて、俳人の山口青邨(やまぐち せいそん/1892年〜1988年)は「一徹の貌(かお)」と詠みました。いい得て妙です。そうだよなぁ、と納得させられます。

こほろぎのこの一徹のかおを見よ  山口青邨せいそん

山口青邨は、東京帝国大学工学部卒業の工学博士、鉱山学者でした。土に親しんだ句が多いのですが、科学者らしい冷徹な視点が、この句にみられます。

しかし、愛らしいコオロギというものの、世界に2000種ほどあって、世界最大のコオロギは、ニュージーランドに分布するジャイアントウェタです。お化けのようなコオロギで、何と体長15cmを超えるそうです。

コオロギの成虫は夏に出現し、草の茂った地面に住んでいます。昼間は地表に隠れ、夜に下草の間で鳴き声を上げますが、秋が深まると、曇りの日などは昼夜を問わず鳴きます。成虫のはねに、やすり状の発音器や共鳴室があり、発音器をこすり合わせて鳴きます。それを喉といえるのかどうか。ドイツ人に、コオロギの鳴き声の、音を出す源はどこにあるかを調べた学者がいて、研究の結果は脳にあることが分かりました。

コオロギは、古くから鳴声のよいものをめでる風習の対象とされてきましたが、中国ではコオロギを闘わせて楽しむ風習があります。闘蟋とうしつと呼ばれる娯楽で、雄同志を喧嘩させて楽しむ昆虫相撲競技です。この遊びは唐の宮廷で始まったといわれ、宋代の宰相は、このコオロギ相撲が好きで、競技に強いコオロギの飼育書まで著しています。この娯楽は、やがて宮廷だけでなく、民衆の間にも広く普及しました。そういえば、映画『ラストエンペラー』にも描写されていましたね。

※リニューアルする前の住まいマガジンびおから再掲載しました。
(2008年09月02日の過去記事より再掲載)

禾乃登と猫