色、いろいろの七十二候

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水泉動・雪

雪が降るかな
こよみの色

二十四節気

しょうかん

小寒
裏葉色うらはいろ #C1D8AC

七十二候

しみずあたたかをふくむ

水泉動
新橋色しんばしいろ #59B9C6

雪が降ると、子どもならず大人でも「積もらないかなあ」と思ってしまう感覚は、雪国の人からすると、呑気に見えるかもしれません。

日本列島の気候の多様さを端的に示すのが、この雪です。ほとんど雪が降らない、積もらない地域もあれば、伊吹山のように、積雪深の世界記録(11m)を持っているような場所もあります。夏場に各地に赴くと、屋根の雪止めを見て、ああこんなところでも雪が降るものか、と驚くことも珍しくありません。記録だけでいえば、沖縄でもみぞれ(降雪扱い)が観測されたことがあり、47都道府県すべてで雪が降る国、ということになりますが、言うまでもなく実態は地域によって大きく違います。

編集部のある静岡県浜松市の平野部では、雪は年間に数回舞う程度で、まず滅多に積もることもありません。道路にほんのり雪が残ったら、その日はもう交通が麻痺してしまいます。雪国の人たちから見たらお笑い種でしょうけれど、かように雪が降らない地域では雪が珍しく、そして雪に弱いのです。

札幌市のこの冬(2014年)の除雪費用は、この時期としては過去最高の162億円(昨年度は補正後の決算ベースで212億円)と、除雪費用は馬鹿にならない金額です(単に雪が多い、という話だけでなく、今年度は、公共工事の労務単価が大幅に上がっていることもあり、作業員の確保がむずかしい、というのは、住宅建築だけではないようです)。

除雪、という言葉からは、雪は邪魔者、という響きが伝わってきます。たしかに、自動車や鉄道、飛行機などで移動をしようとすれば、雪はたちまち邪魔者になります。雪下ろしは大変な労力と危険を伴う作業です。時として雪は大きな災害も引き起こします。では、雪が降らなければいいのでしょうか。

10日前までは冬至の末候・「雪下出麦」、雪の下で麦が芽を出すという候でした。今日からはじまる小寒の次候には、「水泉動」地中で凍った泉が動き始める、といった、雪の下で脈々と息づく生命を訴えています。
雪は実際のところ断熱材にもなるわけで、「雪下出麦」にもあるように、雪に覆われた地面の付近は0℃程度より低くなりにくくなります。雪で作られた「かまくら」の中が思いの外暖かいのを体験したことがある人も多いでしょう。

かまくら

かまくら


雪は温度を保つだけでなく、保水の効果も持っています。雪どけ水、という言葉があるように、春に水を届けてくれますし、降雪がいっぺんに川を下ることなく、少しずつ平野を潤してくれます。

豪雪地帯の建物には、二階から出入りできるような入り口がついていたりもします。雪が融けるときに発生するオゾンを利用して織物を漂白する「雪さらし」といった昔ながらの知恵もあります。

雪を夏場の冷房に使おうという試みも行われています。昨年には、北海道の雪を東京に運んで都市部の冷房に使う、という国の実証実験事業が、逆に輸送による環境負荷が大きい、ということで待ったがかかる、といった出来事もありました。もともと輸送による負荷は見込んでの事業だったはずですが、「事業仕分け」的なものを喜んで取り上げるマスコミの格好の的になってしまったようです。

たしかに北海道の雪を東京に運んでくることには疑問を覚える人も多いでしょうけれど、冬場の北海道からの鉄道には空荷も多く、また先にあげたように除雪費用の増加もあり、その雪を「地元資源」と考えて活用したい、という視点には評価をしてもよいのではないでしょうか。ただ、いかんせん東京は雪を運ぶには遠かったのです。

是がまあつひの栖か雪五尺
  小林一茶

雪国に住まないものが、「雪を邪魔者扱いするな」と声高に言ったところで、それは都市部で原子力反対を唱えることと、どこか似通った印象を持ちます。地域の状況を負担と考えるのか、ポテンシャルと考えるのか、これは「我が事」として考えることでずいぶん「地域」の見方がかわります。雪のない我が地域の「雪」は、一体どんなものでしょうか。

※リニューアルする前の住まいマガジンびおから再掲載しました。
(2014年01月05日の過去記事より再掲載)