おひさまと二十四節気

Vol.24  大寒・雪の結晶

雪の結晶

数年前に初めて雪の結晶を見ました。顕微鏡サイズだと思っていたのでびっくり、感動しました。(画・祖父江ヒロコ)

「大寒」は、風冷たく大地凍てつき雪降り積もる、一年で最も寒さが厳しくなる頃です。

「えっ?そうだったの」と驚かれる方も多いかもしれませんが、日本は、積雪量1182㎝(滋賀県伊吹山/1927(昭和2)年2月14日)という世界一の記録をもつ、世界有数の雪国です。1991年~2020年の降雪量の平均を見ると、青森県青森市で631cm、北海道旭川市で619cmと、6mを超える雪が降る都市を有しています。毛皮の帽子に吐く息も真白いイメージのロシア・サンクトペテルブルクが297cm、白銀の広がる世界をイメージするカナダ・モントリオールが215cmの積雪量といいますから、これらの数字を知るにつけ、あらためて「雪国日本」という言葉に深く頷かされます。

雪とは、水が氷の結晶となったもので、結晶とは、物質を作っている原子が空間的にある定まった配列をもって並んだものをいいます。書籍『雪』(中谷宇吉郎著・岩波文庫)によると、1250年代にアルベルタス・マグヌスという人が雪の結晶を最初に認識し、その300年後、1550年代には、(*スウェーデンは)ウプサラの大僧正オラウス・マグヌスが、その著作に、雪華図として雪の結晶を最初に描写・記述しました。しかしマグヌスは、結晶には種々の形のあることを発見はしましたが、一様に六方晶系(*つまり六角形)であることには気づかず、それを初めて指摘したのが、ケプレルだということになっています。(*ケプレルとは、ケプラーの法則で著名な天文学者ヨハネス・ケプラーを指し、1611年に彼が書いた書籍「On the Six-cornered snowflake」から、雪の科学的考察が始まったと言われています。)その後1635年アムステルダムにて、デカルトが雪の結晶を観察し、初めてそれが画となって発表されました。そして、この頃まで肉眼あるいは簡単な虫眼鏡で行われていた雪華の観察は、17世紀後半の顕微鏡の発明により、学問的研究へと一大飛躍を齎したのでした。(*印部分は、補足)

日本における観察・研究というと、下総古河の城主である土井大炊頭利位(どいおおいのかみとしつら)が1832年に著した『雪華図説』があります。わずか17枚の小冊子ながら、86個の雪華が描写され、世界的雪華研究者として名を残した人々の仕事と比べてもあまり遜色はありません。日本では彼の他に雪華を探求した人は殆どいないようです。

「雪博士」として知られる中谷宇吉郎は、天然雪の研究から始め、1936年に世界で初めて雪の結晶を人工で作ることに成功した物理学者ですが、一方で、一般の人に科学をわかりやすく伝えたいという熱い想いを筆に託した随筆家でもありました。彼の師は、あの『天災は、忘れた頃にやってくる』の言葉を残した寺田寅彦です。一説によるとこの言葉は、寅彦が言っていた天災による被害を忘れることに対する危険性を紹介するために、宇吉郎が用いた言葉ともいわれていますが、日本人は2024年が明けた今、皆が、この言葉を噛み締めながら日々を送っているのではないでしょうか……『歴史は繰り返す。法則は普遍である。過去の記録は将来の予言になる』(寺田寅彦のことば)

さて、このような寒さの中でも、一方で太陽は少しずつ着実に日射しを強めています。実は、この大寒の初候は、厳寒の中に「蕗の薹」がそっと顔を出し始めた、という意味の「款冬華(ふきのはなさく)」。土手の上や藪陰などに、緑みのさえた黄緑色(萌黄色)をした花穂が土中からもたげる蕗の薹は、私たちに、かすかに聞こえる春の足音を伝える象徴的な植物です。元来野生で日本が原産。野生のものは、香りの強さ・苦味が楽しめます。こうして、少しずつ少しずつ、春立つ頃「立春」が近づいてきます ── 一年間おつきあいいただき、ありがとうございました。