びおNEWS
木造オフィスの最前線
掛川市森林組合新事務所へ行ってきました。
立春を迎えてもなお冷え込みの厳しかった2月上旬。この日はこよみ通りの春らしい陽光に恵まれました。びお編集部は、浜松市の事務所から車で1時間半ほどの距離にある掛川市をめざしました。目的地は、昨年にウッドデザイン賞2017(ソーシャルデザイン部門の建築・空間・建材・部材分野)を受賞した「掛川市森林組合新事務所」。設計は、びおでも「住まいのグラフィティ」で作品を紹介してくれている、浜松市在住の建築家村松篤さんです。
この日は、(公社)日本建築家協会の東海支部・静岡地域会(JIA静岡)の主催で、見学会と講演会が企画されていました。じつは見学会と講演会の前、朝から掛川市周辺の施設を回りながらのバスツアーが組まれていたのですが、びお編集部は午前中の予定を済ませてからの現地集合。お昼過ぎには現地付近に到着し、取材先の「掛川市森林組合新事務所」から200mほど離れた場所にある「しばちゃん牧場」で昼食をとり散歩もし、アヒルや牛や山羊や猫と戯れるという、プチ観光を満喫してしまいました。(スタッフ全員、癒しを求めていたのでしょうかね。)
さて、これが「掛川市森林組合新事務所」です。もともとあった事務所は、今の敷地から約1.3キロ離れたところにありました。今回、事務所の老朽化に伴い新築されたのが、この新事務所です。
会場入りすると、まだバス組は到着していないようです。しばらく事務所の周りを散策しながら見学していると、大型バスから大勢の人が降りてくるのが見えました。50名近くの参加者が集ったそうで、大盛況。早速始まった村松さんの解説に、皆さん一人ひとりが熱心に耳を傾けていました。
それもそのはず、なんとこの建物、竣工したのは2017年4月20日、着工は2016年の11月28日。途中木材の調達に時間がかかったことも含めると、正味75日間の工期だったというのです。それだけでも十分どよめいてしまいますが、なんと加えて建設費は税抜きで7330万円(坪単価約73万円)だというのですから、工期もコストも厳しい状況にあったことは間違いありません。(もちろん、クライアントが森林組合さんとあって、組合にて調達した材木が一部使われているので、木材費用のカウントは一部入っていない額だとは言いますが)そんな厳しい状況を見事にクリアするアイデアが存分に詰まった「掛川市森林組合新事務所」、村松さんの解説を元に早速見ていきましょう。
「建物は、道路に対してあえて振っているんです。」と村松さん。敷地は、近くの橋からの展望がひらけています。その眺望を生かして道路に対して平行ではなく、少し橋の方へ開くように振っているのだとか。模型で見ても、道路に沿って少し斜めに建物が建っていることがわかりますね。
道路に対して斜めに建ちながら、道路沿いに立ち並ぶ桜の木を事務所の内側から眺められるようにも配慮したそうで、職員の皆さんは桜の季節が待ち遠しいでしょうね。
村松「一見すると木造だとは気づかないかもしれませんが、屋内に入れば木造だとわかる。そんなギャップを狙いました。特徴的なのは屋根です。そして、屋根は東に向かって上がっていて、台形のような不整形でのプランです。不整形でもリズミカルな木組みにすることで、建築の意匠に溶け込ませています。切妻屋根の棟はスパンの中心を取りながら上に登っていく複雑な構造になっています。」
屋根を見上げます。斜めからはこんな感じ。
村松「事務所棟は外壁用厚板集成版である「WOOD. ALC」を使用しています。すべて掛川産です。スギの他ヒノキも使っています。」
WOOD.ALCとは、木造建築や木質化を目指した建物など多用途な利用を可能にする厚板集成版であり、このプロジェクトでは至る所でこの素材を見つけることができます。
村松「ここでのWOOD.ALCは、木造住宅の間柱サイズである120mm×45mmのラミナ材を使用しました。屋根・壁・2階床の構造材としても、またそれらが仕上・下地を兼ねることにもなり、短工期を叶えるためには有効でした。加えて屋根と外壁はガルバリウム鋼板を、窓は住宅用のアルミサッシュを多用することでコストを削減しています。」
同じ材料を広範囲に渡って使うことも一つのコスト削減に役立っていたのですね。
次に、倉庫棟へ移動します。
村松「森林組合にお勤めの方は、外で働く人と、中で働く人とに分かれます。この倉庫は主に外で働く人の道具を置いたり、朝礼の場としても使われたりしています。倉庫は鉄骨造なのですが、ここでもWOOD.ALCが大活躍。外壁と内壁を兼ねており、上から引っ掛けてぶらぶらさせ、吊りながら留めるロッキング構造になっています。塗装も最初からして仕上げを兼ねておくことで、この倉庫の吊り込み工事は1日半で終わりました。慣れてくれば1日で終わらせられるでしょう。」
天井、床を見るとジョイントの状況がよくわかりますね。
では、いよいよ室内です。
エントランスから事務室を臨みます。
2階に続く階段から事務室空間を見下ろします。木造の3ピン構造が綺麗です。
事務所の壁もWOOD.ALCの素材で統一されていることがわかります。事務所棟の特色は、壁や屋根に合板を全く使用せず断熱材をほとんど使用していないこと。
この建物も、断熱材として壁や屋根、床パネルに120ミリ厚のWOOD.ALCが断熱材としての役目を果たしているといいます。村松さんのお話では、厳密に言えば断熱性は規定よりやや低いものの、ほぼ同等だということでした。
事務室の床は、土足にも耐えられる圧密複合フローリングを使用。表面材・基板の合板ともに掛川産の杉を使用しているそうです。
村松さんがお話しされたように、確かに外観からは木造だとわかりにくいのですが、屋内に入ると全面木のぬくもりに包まれる空間です。こんな事務所でお仕事をされている方々は、きっと何倍も働きやすくなったのではないでしょうか。
後半は、講演会。事務所の2階にある会議スペースで開かれました。ここでは、このプロジェクトに関わった方々が集まり、それぞれの視点からこの施設の魅力を語りました。
建築事業者として、榛村航一さん(掛川市森林組合代表理事組合長)は、「職員にとって働きがいのある誇れる事務所を」とこの度の事務所新設に熱い想いがあったことをお話されました。事務所を建設するにあたって職員たちが「どの山にどんな木があるか、状況を把握できるようになった」と思わぬ変化があったこともこのプロジェクトの成功の一端だと、このプロジェクトの意義をアピールされました。
今回のプロジェクトには、建築プロデュースという立場での参加があったことが特徴的です。佐藤雄一さん(コンセプト株式会社代表取締役)は、建築を計画する際には事業者とともにどんな設計者に依頼するのが良いか、検討したと言います。
またWOOD.ALCの関係者として登壇された、鈴木信吾さん((一社)日本WOOD.ALC協会中部地区普及協会事務局長)は、WOOD.ALCが多様な用途に向いていることを紹介されました。
そして、村松さんから改めてこのプロジェクトの設計に関する全体像が紹介された後、この建物を実現するにあたってなくてはならない存在であった、構造設計者は山辺豊彦さん(有限会社山辺構造設計事務所代表取締役)です。山辺さんからは、このケースに限らず、これまでに手掛けた地域材を活用した木造建築物の設計事例をたっぷりと紹介していただき、木造建築物の構造の最先端を知る貴重な機会でした。
村松さんの思いを持って臨んだプレゼンが審査委員の心を動かしたと、裏話もありました。
村松さんをはじめ、このプロジェクトに関わった皆さんが、どのように協働して行ったのか、プロセスも含めてお話の聞ける終始贅沢な体験でした。森林組合は、既存の大和田農村公園に位置しているため、誰でもそばまで訪れることができます。ぜひ近くを通る際は、立ち寄って見てほしいです。