ぐるり雑考

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世界を前へ進めているもの

ぐるり雑考

友人宅の壁に「リキクロック」が掛かっていた。作者の渡辺力さん(1912〜2013)は、プロダクトデザインの世界を切り拓いた先駆者の一人だ。

ぐるり雑考 西村佳哲 リキクロック

この時計は、彼が92歳のときに手がけたもの。木のフレームにはタンバリンの製造技術が使われているらしい。既にあるものから発見して、新しいアイデアとかけ合わせてゆくアプローチは、同時代を生きたイタリアのデザイナー、アッキレ・カスティリオーニのそれも思い出させる。

数字の大きさ。ウェイトの選択。それらが少し内側に並んでいる理由…などなど、その気になればいくらでも気づけるし学ぶことのできる、重層的な仕事の固まりになっていて素敵だ。
問題は「11時」である。もうほんの少し、左に移したくない?

時計のデザインの難しさは、実際にやってみればわかる。ただ数字を円状に並べても駄目で、「円状に見える」自然なバランスをとる必要がある。とくに2桁の10〜12時が難しくて、「11」は幅が狭くなるからなおのこと。この文字盤は文字が大きいので、さらにまた難しくなっているのだけど。

デザインを学んで、僕がいちばん良かったなと思うのは、ものが見えるようになったことだ。「11時」で躓いたものの(自分が)、この時計に施されている無数の仕事は、短針と長針の太さのバランスも、壁面と盤面の浮かせ具合も、あれもこれも隅々まで十分で本当に素晴らしいと思う。

既にあるもの、中でも人々に長く使われているものを観察すると、「あー。こうなってるんだ」「こうしたのか」といった小さな感動がつづく。工学系の友人は大学の授業で、ホームセンターで買ってきたごく一般的なインパクトドライバーを解体した際、その機能を成り立たせている部品の少なさに打ちのめされたと語っていた。

「観察」という言葉は「観る」と「察する」の組み合わせだ。よく観て、なぜそうなっているのか考えること。そんなふうに生きていると、日々は「こんなにしてもらっちゃって…」という経験の連続になり、人生や仕事の基本姿勢は「恩返し」になる。
クリエイティブの訳語は創造で、ゼロから生み出すことを意味しているけど、ゼロから生み出されるものなんてなくて、この世界はただ、「恩返し」で前へ進んでいるんじゃないか。

著者について

西村佳哲

西村佳哲にしむら・よしあき
プランニング・ディレクター、働き方研究家
1964年東京都生まれ。リビングワールド代表。武蔵野美術大学卒。つくる・書く・教える、三種類の仕事をしている。建築分野を経て、ウェブサイトやミュージアム展示物、公共空間のメディアづくりなど、各種デザインプロジェクトの企画・制作ディレクションを重ねる。現在は、徳島県神山町で地域創生事業に関わる。京都工芸繊維大学 非常勤講師。

連載について

西村さんは、デザインの仕事をしながら、著書『自分の仕事をつくる』(晶文社)をはじめ多分野の方へのインタビューを通して、私たちが新しい世界と出会うチャンスを届けてくれています。それらから気づきをもらい、影響された方も多いと思います。西村さんは毎日どんな風景を見て、どんなことを考えているのだろう。そんな素朴な疑問を投げてみたところ、フォトエッセイの連載が始まりました。