山口由美
2024年05月19日更新

仙之助編 十六の六

仙之助は、トメに対して、姉のような親近感を持ってはいたものの、異性として意識したことはなかった。それが違和感を覚える理由だった。

以前からトメとの関係は、ぎこちないところがあったが、夫婦になることが現実となり、仙之助はますますもって自然に言葉が交わせなくなっていた。

粂蔵から仙之助との祝言を告げられたトメは、驚くでもなく、喜ぶでもなかった。

季節が巡ってきたら、盆や正月がやって来るのと同じように、仙之助と自身の祝言を考えているかのようだった。お互いに、商売のために養子となった身なのだから、好いた、惚れたといった感情は、関係ないのだろうか。

そんなトメを見ていると、仙之助は自身の違和感や戸惑いを棚に上げて、心の内が知りたくなった。仕方ない運命と思っているのか。それとも、仙之助を憎からず思っているのか。

それでも、メリケンに旅立つことが決まったと告げると、にこりと笑って言った。
「お望みが叶って、よろしかったですね」

仙之助は何と言葉を返していいのかわからなくなった。

どうでもいい相手だから、いなくなるのがせいせいするのか、それとも仙之助の未来を言祝いでいるのか。トメの表情は、そのどちらでもあるように感じられた。

祝言の準備と、渡航の準備は、並行して進められた。

仙之助は、一八七二年一月二十四日、旧暦の十二月十五日に横浜を出港予定のジャパン号に乗船することになった。今回は正式な渡航であるから、出国のための手続きも合わせて神奈川の役所で進められた。

祝言は、出発が八日前に迫った一八七二年一月十五日、旧暦では大安吉日の十二月六日にとりおこなわれた。当時の習慣に従い、祝いの宴は夜だった。

西暦のクリスマスはとうに過ぎていたが、祝言の宴が催される座敷には、異人館の商人から購入したクリスマスツリーが飾られていた。ユージン・ヴァン・リードは、もう横浜にいなかったが、いつしか神風楼では、クリスマスに大きな木を飾り、そのまま旧暦の正月まで飾り続けるのが習慣になっていた。

床の間のある座敷にキラキラと輝く装飾が、和洋折衷の不思議な雰囲気を醸し出す。

仙之助は紋付き羽織袴の和装、トメは、文金高島田に結った髪に角隠しをして、黒地に深紅の梅を散らした振り袖を着た。白と赤と黒の着物を重ねて着る婚礼衣装は「三襲」と呼ばれ、江戸後期から明治、大正にかけて尊ばれた。この習慣にならい、トメは白い振り袖と赤い振り袖を重ねた上に黒地の振り袖をまとった。襟元に重ねた色が映えて、花嫁の白い顔を引き立てた。

祝言を挙げる仙之助とトメ

トメは美しかった。

はっとするほど、美しかった。

仙之助は、初めて花嫁となる彼女に対して、これまで感じたことのない感情がわき上がるのを感じて当惑していた。

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次回更新日 2024年5月26日

著者について

山口由美

山口由美やまぐち・ゆみ

1962年神奈川県箱根町生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。海外旅行とホテルの業界誌紙のフリーランス記者を経て作家活動に入る。主な著書に『アマン伝説 創業者エイドリアンゼッカとリゾート革命』『日本旅館進化論 星野リゾートと挑戦者たち』『熱帯建築家 ジェフリー・バワの冒険』など。

この小説について

著者・山口由美からのメッセージ
思えば、物書きになりたいと思った原点が、出自である富士屋ホテルの存在だったかもしれません。高校生の頃、母の従姉妹に当たる作家の曽野綾子に、このテーマは書かないでほしいと懇願した過去を恥ずかしく思い出します。彼女自身の処女作『遠来の客たち』の舞台もまた、富士屋ホテルでした。
そして最初の単行本『箱根富士屋ホテル物語』が生まれたのですが、本当に自分が書きたいものはまだ完成していない、という想いを長年持ってきました。
小説は2000年代前半に何篇か商業誌に発表したことはありますが、久々の挑戦になります。いろいろと熟考しましたが、ノンフィクションノベルというかたちが、最もふさわしいスタイルだと思うに至りました。物語の種は無限にある題材です。長い連載になるかもしれません。
おつきあい頂ければ幸いです。

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