びおの珠玉記事

72

新米

※リニューアルする前の住まいマガジンびおから再掲載しました。
(2015年11月23日の過去記事より再掲載)

稲穂と白米

11月23日

11月23日は勤労感謝の日。「祝日」です。国民の祝日に関する法律では、
「勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」
とされ、1948(昭和23)年に制定されました。

もともと、この日は五穀豊穣を祝う「新嘗祭(にいなめさい)」です。新嘗祭は、11月の2度目の卯の日に行われてきた宮中行事です。新米と、それで作った御神酒を神に供える祭儀で、古くは古事記にも登場し、また少なくとも奈良時代には民間でも行われていた記録があります。
明治になって、新暦の採用により11月23日に定められ、またあわせて「祭日」として、休日に制定されています。

勤労感謝の日は「祝日」で、新嘗祭は「祭日」です。祭日は、宗教行為であり、政教分離によって消滅しました。ですから、11月23日の祝日は、五穀豊穣を祝い、神に感謝する、というものではなく、「勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」という、自分たち自身で感謝しあうものになりました。

11月24日

さて、11月24日は、語呂合わせから「いい日本食(1124)の日」だそうです。
先ごろユネスコの無形文化遺産になった「和食:日本人の伝統的な食文化」では、日本の食文化について

「1. 多様で新鮮な食材と素材の味わいを活用」
「2. バランスがよく、健康的な食生活」
「3. 自然の美しさの表現」
「4. 年中行事との関わり」

の4点を特徴としてあげています。

さて、しかし、この新嘗祭は、勤労感謝の日に置き換わっていて、国民の年中行事として広く受け入れられているとは到底言えません。

最近多く出版されている「日本は本当はすごい」系の本などでは、新嘗祭まで新米を口にするのは避けなければならない、という言説も見られます。かつては、新嘗祭までは、天皇をはじめ、誰も新米を口にしなかったとされています。けれど、今はもう夏の終わり頃から、新米の販売が始まっています。
新米

あのワイン

一方で、ボジョレー・ヌーボーは解禁日が決められていて、この日に近くなると必ずと言っていいほどマスメディアに話題が登場し、各地でパーティが開かれます。みんな律儀に解禁日を守ります。

さて、この違いは何でしょうか。

宗教色の有無?洋モノへの憧れ?そういうのも、なくはないでしょうけれど、売り方、に尽きるのではないでしょうか。
以下は、ボジョレーヌーボーの販売用キャッチコピーです。

2001年「ここ10年で最もいい出来栄え」
2002年「過去10年で最高と言われた01年を上回る出来栄えで1995年以来の出来」
2003年「110年ぶりの当たり年」
2004年「香りが強く中々の出来栄え」
2005年「タフな03年とはまた違い、本来の軽さを備え、これぞ 『ザ・ヌーボー』」
2006年「今も語り継がれる76年や05年に近い出来」
2007年「柔らかく果実味豊かで上質な味わい」
2008年「豊かな果実味と程よい酸味が調和した味」
2009年「過去最高と言われた05年に匹敵する50年に一度の出来」
2010年「1950年以降最高の出来と2009年と同等の出来」
2011年「100年に1度の出来とされた03年を超す21世紀最高の出来栄え」
2012年「偉大な繊細さと複雑な香りを持ち合わせ、心地よく、よく熟すことができて健全」
2013年「みずみずしさが感じられる素晴らしい品質」
2014年「太陽に恵まれ、グラスに注ぐとラズベリーのような香りがあふれる、果実味豊かな味わい」
2015年「過去にグレートヴィンテージと言われた2009年を思い起こさせます」

前の年のことなど無かったことにするぐらい、今年は当たりだと自画自賛が並びます。けれど、このコピー、公式リリースではなくて、地元・ボジョレーワイン委員会の予想を元に、販売業者がかなり盛った評価です。

ボージョレヌーボーは、その生産量の6割もが、日本向けに出荷されているといいます。日本の米の輸出も増えてはいますが、年間3000トン強程度で、生産量790万トンに比べるとごくわずかです。

要するに、米は、売るのが下手くそではないか?ということです。米の国内消費は一貫して減少しています。若年層はパン・麺類などの小麦依存度が高く、米は将来益々食べられなくなる、という予測もあります。TPPでの輸入枠拡大もあって、国産米の未来は決してバラ色ではありません。

ボジョレーヌーボーも、新米も、「初物好き」の日本人にはウケるネタなのでしょうけれど、制限を作って自らを盛り上げた彼の地のワインと、解禁日を破ってどんどん早く販売した当地の米。加工食品(酒)と主食という違いもあって、単純に比べられるものではありません。

お米の方はというと、こちらには日本穀物検定協会が行っている「食味ランキング」というものがあります。
こちらは、アミロースなど、米の含有物質や粘りなどを見る理化学試験と、人間による食味評価項目は「外観・香り・味・粘り・硬さ・総合評価」で決められますが、発表されるのは「特A」「A」といった評価です。

もちろん、特A米はそれを宣伝に生かすのですが、ボジョレーヌーボーのような、言って見れば厚顔無恥とも言えるようなコピーはなかなか見られません。例えば、昨年度、青森県で初めて特Aを取った「晴天の霹靂」には、「粘りとキレのバランスが、新しい」というコピーがついています。その詳細説明は、

「青天の霹靂」は粒がやや大きめのしっかりしたお米です。ほどよいツヤと、やわらかな白さ。炊き上がりからしばらく保温していても、つぶれることのない適度なかたさがあります。食べごたえがあって、さらに、重すぎない。粘りとキレのバランスがいい。上品な甘みの残る味わいです。

まあまあの自画自賛ですけれど、まだちょっと、ワインには及びませんね。

すでに、家庭での消費額としては、米はパンに首位の座を明け渡しています。米は原材料、パンは加工品、と考えれば、手間なく食べられるパンに軍配があがったようです。米も政治的な課題・生産面での課題もさることながら、食の最前線にいるのは、他ならぬ私たち生活者です。私たちがパン六次産業化が必要だ、という人もいます。を選んでいけば、それがやがて食文化となるかもしれません。多くの人が農業生産にも携わっていません。そんな中で、勤労感謝の日はもともと新嘗祭だ、といったところで仕方ありません。

それでも、たまのハレの日には、新米を炊いてみるのもいいではないですか。

どの家も新米積みて炉火燃えて  高野素十

「新米」は秋の季語です。新嘗祭は立冬を過ぎてからの祭事ですから、この村では新嘗祭を待たずに新米を食べていたように思えるかもしれませんが、「炉火」は冬の季語で、季重ねの句です。
今はもう見ることのないであろう風景に、収穫の喜びと、感謝が伝わります。

土鍋ご飯