色、いろいろの七十二候

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綿柎開・花火

花火
こよみの色

二十四節気

しょしょ

処暑
萱草色かんぞういろ #F8B862

黄みがかった橙色のこと。萱草の花の色から名付いた。萱草の別名は忘れ草といい、平安時代は忌事に用いる凶色であった。

七十二候

わたのはなしべひらく

綿柎開
紺碧色こんぺきいろ#007BBB

真夏の日差しの強い青空のような深く濃い青色のこと。紺碧は海外ではアジュール(AZURE)と呼ばれ、宝石のラピスラズリに由来する色。この色が日本に伝わった際に『ラピスラズリ=紺色の碧=紺碧』と和訳してできた色名だと言われている。

ラピスラズリの色を意味する伝統色には「瑠璃色(るりいろ)」や、他に「群青色 (ぐんじょういろ)」などもある。

やゝあつて花火の空の星となり

西東三鬼の句です。
テレビで、気仙沼で打ち上げられる花火を見ている被災者の横顔が映し出されました。それを見ていて、この句が思い出されました。お盆の時期に打ち上げられる花火は、人の追憶と重なります。ドーンという音がして、「やゝあつて」花火が夜空に開き、そして飛散します。それはとても儚いけれど、こころの中に星として残ります。花火を見上げている人それぞれに、そこには物故者がいて、光の尾を引きながら燃焼し、散り行くけれど、星の輝きとなって、それぞれの記憶に留まります。
物故者の「物」は、「勿(なかれ)」を意味し、「故」は「事」を意味し、「もはやこの世にない人」を表しますが、「物」は服用する衣服、「故」は「古」で、衣服が古びるように人も死んでいくことを意味してもいます。
こう述べると、非常に物理的でありますが、こころの中には生きていて、夜空の花火の中に生き生きと、鮮やかに、くっきりと、その人が蘇るのです。哀しいけれど、美しい一瞬です。

長岡の高田建築事務所の高田清太郎さんの招きを受けて、数年前に、長岡花火を見に行きました。正三尺玉が、ほぼ正面に見える場所での観賞で、果たしてそれは、聞きしに勝る大きな花火でした。
まずお腹の中に響く音が凄いのです。たくさんの観賞者のどよめきも何もかき消され、そうして、視角を超えて真上いっぱいに広がり、火花が観戦席にまで飛散しました。
わたしはこういう場合、花火の観賞者であると同時に、周りの観賞者の反応や表情に耳目が立つ癖があります。けれども、この時ばかりは花火に目を奪われ、その余裕がありませんでした。

越後は花火が盛んなところで、なかでも長岡、小地谷の片貝、柏崎の花火が有名です。開催場所からそれぞれ「川の長岡」「山の片貝」「海の柏崎」と表現されていますが、片貝の四尺玉、長岡の正三尺玉は、度肝を抜く大きな花火で知られます。
長岡の花火は、敗戦の翌年に、長岡空襲で亡くなった人を弔うため行われたのが起源だそうです。打ち上げの場となった信濃川河川敷は、夜空が大きく広がっていて、後に打ち上げられるようになった正三尺玉は、この場所にふさわしい大輪の花火です。
山下清画伯は、花火が好きな人で、花火大会開催を聞きつけると全国に足を運びました。
この人は、映像記憶力が抜群で、記憶にとどめた花火の情景を貼絵で描きました。その代表作が「長岡の花火」でした。

世につれて花火の玉も大きいぞ
  一茶
花火やむあとは露けき夜也けり
  子規
花火があがる空の方が町だよ
  尾崎放哉
暗く暑く大群衆と花火待つ
  三鬼
文/小池一三
※リニューアルする前の住まいマガジンびおから再掲載しました。
(2011年08月23日の過去記事より再掲載)