「ていねいな暮らし」カタログ

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2000年代のリニューアル
——『暮しの手帖』

今回は、2000年代の『暮しの手帖』について見ていきたいと思います。2000年代と言えば、第3回でも触れましたように、暮らし系雑誌の草創期とも言える時期で、『Ku:nel』や『天然生活』『Lingkaran』といった暮らし系雑誌が登場した頃になります。この頃、『暮しの手帖』でも「いくつかの新しい試み」が起こっていました

その「試み」とは、有山達也氏率いるアリヤマデザインストアが『暮しの手帖』のアート・ディレクションを担当することになったことでした。『暮しの手帖』が外部にデザイナーをお願いすることはこの時が初めてだったということです。2002年12月発行号からアリヤマデザインストア体制となり、雑誌の判型も2cmほど縦に伸び、ページ数は32ページ少なくなりました。表紙は、緑色のクロスの布の上に、柊の葉や実、手作りの花のモチーフが並べられた状態を真上から撮ったもので、牧野伊三夫氏によるものとのこと。この前のクレール・アステックスによる女性画の表紙から受ける印象とはかなり異なります。そして、この号から特集を作り、そのタイトルを表紙に入れるようにもなりました

ページを開くと、これもまたその前の号との違いは明らかで、題字や写真に添えるちょっとした説明に手書き文字を用いて本文との差をつけたり、切り抜き写真が多く配置されるなど、余白を持たせた構成になっています。写真も説明がなくても何の写真かがわかる、そういった構図やサイズの写真が掲載されています。記事の文字数も少し減っているのかもしれないですが、余白がどう作られているかでこんなにも読みやすさが変わるのかということを実感させられました。初期『Ku:nel』にも通じるようなそんな雰囲気の作りにも見えてきます

このように、「変わらずにある」ように見える『暮しの手帖』もさまざまな変化が起こっています。2000年代初めの頃は、政治や社会に関わる記事(BSE問題やダイオキシン、世界情勢についてなど)が全体の10数%を占め、この割合は料理ページなどと同じくらいの割合です。しかも、これらの記事が雑誌の冒頭に配置されるなど、他の暮らし系雑誌とは一線を画す構成を持っていたと思います。その後は、料理記事の割合が一番多くなり、そのことと合わせて家族や子育て、戦後の暮らしに関する記事が目立つようになってきました。

そして、2020年のリニューアルを経て、現編集部の新たな試みとして、Zoomを活用した「暮しの手帖 お話し会」がこの8月に開催されました。最新号の内容に合わせ、故小林カツ代さんの第一弟子の本田明子氏と北川編集長との対談です。内容もさることながら、編集室の様子や編集部のみなさんの様子を知るきっかけにもなりました。今後は誌面を超えたこういった試みも試行錯誤されていくのだろうと思います。(次回は最終回です。)

(1)「編集者の手帖」『暮しの手帖』第4世紀(1), p.167 2003年12月
(2)「エディトリアルデザイナーの仕事場 有山達也Works」『Web & publishing編集会議』23, p.102
(3)次の号からは、牧野伊三夫氏による挿画が表紙に使われるようになります。牧野さんと有山さんと言うと、北九州市が発行する『雲のうえ』が想起されますね。
(4)アリヤマデザインストアをアートディレクションに迎えての新体制も、2004年2月に次なるリニューアルを迎え、思いの外短い期間で終わってしまったようです。ちなみに、創刊55年を記念しての2004年のリニューアル時には、判型は元の大きさに戻り、ページ数も増え、紙も変更されています。

著者について

阿部純

阿部純あべ・じゅん
1982年東京生まれ。広島経済大学メディアビジネス学部メディアビジネス学科准教授。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。専門はメディア文化史。研究対象は、墓に始まり、いまは各地のzineをあさりながらのライフスタイル研究を進める。共著に『現代メディア・イベント論―パブリック・ビューイングからゲーム実況まで』、『文化人とは何か?』など。地元尾道では『AIR zine』という小さな冊子を発行。

連載について

阿部さんは以前、メディア論の視点からお墓について研究していたそうです。そこへ、仕事の都合で東京から尾道へ引っ越した頃から、自身の暮らしぶりや、地域ごとに「ていねいな暮らし」を伝える「地域文化誌」に関心をもつようになったと言います。たしかに、巷で見かける大手の雑誌も、地方で見かける小さな冊子でも、同じようなイメージの暮らしが伝えらえています。それはなぜでしょう。そんな疑問に阿部さんは“ていねいに”向き合っています。