まちの中の建築スケッチ

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祐天寺の聖パウロ教会
——住宅街の中の大きな白い箱の教会——

聖パウロ教会

渋谷から東横線で、祐天寺の駅を過ぎると、左側の窓から低層住宅街の中に、白い箱とその上に教会の鐘と十字架が見える。7,8階建てのマンションもあって、すぐ見えなくなってしまう。
2,3日前に、急にこの日本聖公会聖パウロ教会を思い出した。今から、50年近く前に関係した建物だ。竹中工務店が、工事を請け負った。設計は、大手の日本設計。40メートルのスパンに、厚さ395㎜のコンクリートスラブというので、技術検討をすることになって、担当させられた。屋根にもなるので、熱も受けるから、コンクリートとしてはけっこう厳しい条件だ。
まずは、解析ということで、尾崎昌凡さんの有限要素解析のプログラムを見つけ、それを使った。たわみを抑えるためにもむくりを付けてアーチアクションに期待した。周囲の壁は、けっこうしっかりしたもので、柱には鉄骨も入っていたように思う。基本的には四辺固定スラブなので、端部はふかしもした。コーナー部の応力に添うように鉄筋を補強した。上端には柱からL形にスラブ中心に向けて、16ミリくらいの鉄筋を数本、そしてコーナー下端には、上端と直行方向にやはり太めの鉄筋を数本。これは、鉄筋コンクリート造の建物の屋上に関しての、竹中の標準仕様での配筋を、さらに多めにした感じのものだ。
竣工後も、現場所長さんが、屋根の計測を続けてくれて、1年以上にわたりクリープ変形を測定、だいたい落ち着いたことを確認した。入社2,3年の若造が、先輩の日本設計の構造設計者の設計に手を入れるなどという生意気を、竹中の立場でやらせてもらったということだ。この間の経緯は、レポートにまとめて、社内の技術賞に応募して、受賞したことも思い出す。
どうなっているかなと思いながら訪問した。祐天寺駅から歩いて、しばらくすると、白い十字架が見えてすぐにわかる。オルガンの心地よい響きが聞こえる。オフィスの人に尋ね、聖堂の中に入れてもらった。パイプオルガンは15年前くらいに設置されたという。正面にあるのを見るのは初めてだ。壁も天井も白の中で、オルガンのパイプはシルバー。とても雰囲気もよくて、天井を見上げるとリズム感のある、正方形の格天井。ひびや汚れ一つ見えない。40数年にわたり、美しく使われていることに感動した瞬間であった。
建築が、長きにわたって、それも多くの人に使われて、まちの中に根をおろしている。オフィスの方からは建物についても話を伺った。日曜礼拝で、以前は鐘を鳴らしていたのが、近隣からクレームがついて、今は、年に1度、8月15日の平和の鐘のみだとか。クレームをつける人は、何人いるのかしれないが、そんなクレームが、むしろ世の中を住みにくくすることになっているのではないか。毎日、5時になると、日本全国、公園のスピーカから放送が流れているが、そんな無粋な音こそ、むしろうるさく思うのは、私だけではなかろう。
釜石の唐丹小白浜では、盛岩寺で毎日、朝と夕の6時に、住職が鐘をつく。東京では、そんな鐘にもクレームがあって、最近はどこも除夜の鐘のみだ。生活リズムは、人によって違うから、うるさいと思う人もあるかもしれないが、定期的な営みとしての音はむしろ気持ちよく思える。生活のリズムにとって鐘が聞こえることが朝起きることだったり、さらには生きていることだったりする。日曜日ごとに教会の人たちが、集まるときに鐘で知らせる。そういうまちに住んでいることは、教会のあるまちに住んでいることなのだ。
クレームが出たら、自治体でもすぐ応じるのでなく、関係者みんなで、ちゃんと話をして、答えを出したらいいし、そんなまちであってほしい。これは、学校へのクレームでも、落ち葉のクレームでも、保育園のクレームでも、同じこと。コミュニティが希薄になって、安易な個人主義を是とし、文句を言われないための自制が、逆に窮屈なまちになってきている気がする。
コロナ禍がおさまったら、聖パウロ教会でオルガン演奏会でも聴きに行きたい。そして開場のときに、鐘を鳴らしてくれたら、もっといいかな。


神田さんの新著『小さな声からはじまる建築思想』が出版されました。

書誌情報より
建物の耐震性や構造安全性の専門家として名高い著者は、建築の世界を志して以来、一貫してスクラップアンドビルドではなくストックを活用するまちづくりを提唱し続けてきた。
本書の特徴の一つとして、著者の言葉の端々に「一人ひとりの生活への想像力」が滲んでいることが挙げられる。そのような姿勢は、一体どのように涵養されてきたのだろうか?
転機となった東大闘争、世界的な経済学者・宇沢弘文氏が唱えた「社会的共通資本」の理論が神田氏の建築思想に与えた影響などにも迫る。東日本大震災の発生直後から関わる三陸復興のプロジェクトを通して得た豊富な知見も収録!

小さな声からはじまる建築思想

発行/現代書館
四六変型 184ページ
定価 1700円+税
ISBN978-4-7684-5894-5

詳細・購入はこちらから。
http://www.gendaishokan.co.jp/goods/ISBN978-4-7684-5894-5.htm
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