家庭だからできる自然農
皆さんは「自然農」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。農薬や肥料がないと作物は育たないと思っている方も少なくないかもしれません。しかし、作物は自然の力だけで十分に育ち、むしろ、そのほうが栄養のある美味しい作物を育てることができます。そして何より、自然のサイクルを活かした栽培方法は、持続可能な農業のあり方といえます。この連載では、自然農と家庭でできる農業について考えてみたいと思います。
Vol.5 過保護の中で育った苗は弱い。
寒さが和らぎ、畑では、昨年の秋から冬に作付けした野菜の収穫と夏野菜の作付けの準備がはじまります。
「この時期は、コマツナ、カブ、春ニンジン、春ダイコン、シュンギク、リーフレタス、ネギなどの収穫。それから夏に向けての苗づくりがはじまります。夏野菜の植え付けまでには2ヶ月くらい掛かりますから、5月に植えるとしたら3月から苗づくりをおこなわないと間に合いません。」
藤松さんの農園では、ピーマンやシシトウ、トマト、ナス、バジル、キュウリ、カボチャ、ゴーヤなどの種を蒔くそうです。「キュウリやカボチャ、ゴーヤなどのウリ科の野菜は比較的生長が早いので、3月末から4月にかけて種蒔きします。」昨年までは、ご自宅の玄関先に小さなビニールハウス(1坪ほど)の苗床をつくり、苗が小さなうちは心配なので毎日生長を見守っていたそうです。
育苗が無事にできたら植え付けになりますが、野菜によって土を選びます。「とくにピーマンやシシトウ、ナスなどの果菜類は地力が必要で、動物でも成熟しないと子どもが産めないのと同じように、野菜たちもある程度大きく育たないと実を付けません。なので、果菜類は肥えた土に植えなければなりません。」とくにナスは水分を多く必要とすることから湿気の多い土、環境下に植え付ける必要があるそうです。
「去年は、田んぼだったところに畝を立てて植えたりしていましたが、今年はその田んぼで田んぼをやるので、ナス用に一畝だけ残すか、もしくは畔の下の法面に植えるかですね。」
田んぼとナスの畑が同居する風景など見たことがありませんが、自然農では、田んぼは田んぼ、畑は畑という固定概念に捉われず、作物の特性に合った環境下で栽培することを重視していることがわかります。
どうしてもそういう環境が確保できなければ、草マルチ(草を刈り集めたものを作物の周りに敷くこと。慣行農法では一般的に黒マルチ(よく見かけられる、黒いポリエチレンシートの覆い)が用いられている)を厚くして水分が逃げていかないような工夫をして育てることが必要になります。「もちろん、水分が多ければいいというものでもありません。多すぎると根腐れしてしまいますから。」
キュウリも水分を多く必要とする野菜ですが、ナスほどではなく藤松さんの農園ではキュウリがよく育つようになったといいます。「キュウリは1年目から種採りしているので、だんだん土に合ってきているんだと思います。逆に、トマトは肥えた土はだめで、痩せ気味の土や乾燥した場所が好きなんです。ですからナスとは正反対ですね。」
ピーマンやシシトウは、ナスとトマトの中間という感じだそうです。
ホームセンターや園芸店などでは、同じ野菜でも「種と苗」の両方を販売していますが、たとえ苗を購入しても自然農だと上手くいかない場合も多いといいます。「売っている苗は、もともと栄養たっぷりの土で育っているので、植え付ける土も同じような状況を求められます。逆にいうと苗そのものに力がないので、自然農には合わないのです。」
育苗の目的は、収穫を早くするためです。寒い時期に種蒔きしても発芽や育成が難しいため、温かな環境下で苗を育て、暖かくなったら畑に植え付けることで、より早く収穫時期を迎えることができます。「私はまだやったことがありませんが、温床といって、ビニールでの防寒や太陽熱だけでなく、床土そのものを堆肥の発酵熱や電熱を使って温める方法もあります。そうすればもっと早く苗を育てることができるかもしれません。ただ、最終的に植え付ける畑の土の状況とあまりにかけ離れた環境下で育てても、売っている苗と同じように上手くいかない可能性もあると思うので、今のところはできるだけ自然の力だけでやりたいと思っています。」
あまり過保護にしない、過保護の中で育った苗は、結局畑に出ていったとき上手く生長できない可能性が大きいのだといいます。“まるっきり人間と同じではないか”と、妙に納得してしまいました。
藤松さんは、育苗で使う土も植え付ける畑の土と同じ土を使っているそうです。「畑の土に草や落ち葉からつくった完熟した堆肥を混ぜています。まだにおいのする完熟途中の堆肥だとよくないので注意してください。」
育苗には、藤松さんも一般的なセルトレイを使用しています。「セルトレイを使った場合、一つのセルには土が少ししか入りませんから水やりが欠かせません。土の表面が乾いてきたら水やりしてください。私の場合は一日1回か、曇りの日であれば二日に1回という感じです。」種と土の入ったセルトレイを小さなビニールハウスの中に置きますが、地面に直接置かないほうがいいそうです。「地面の上に直接置くと底冷えした時に苗が冷えてしまうので、何かの台の上にセルトレイを載せるといいです。通気性も良くなりますし。」
発芽して双葉が出てきたらセルトレイからポットに移植します。「双葉がピッと出てくるのがかわいいんですよ。キタキターって感じです。」
ポットに入れる土もやはり畑の土と同じです。「ポットに7分目くらい土を入れておいて、苗が納まるようあらかじめ土をほじっておきます。セルトレイの底を少し押して土ごと苗を取り出してポットに植えます。少し土を足してあげてやさしく押さえてあげればOKです。」家庭菜園であれば1つのセルトレイでいろんな野菜の苗を育てることができます。ただ、苗の状態だと判別がつかない場合もあるのでちゃんと明記しておくことをおススメします。
ちなみに、セルトレイに入れる種は1つに1粒よりも2,3粒入れたほうが発芽率はいいようです。「数に余裕がなければ1粒でもいいですが、たくさんあるなら2,3粒ずつ入れてください。種同士が助け合って発芽してくれます。トマトもキュウリもシシトウも果菜類の果実ってたくさんの種が固まってますよね。自然界では果実がボトッと地面に落ちて、果実そのものが肥料になって発芽するわけです。面白い人がいましたが、その人はトマトをトマトのまま植えるんです。つまり植物も母体が犠牲になって子の栄養になっているわけなんです。人間だって同じですよね。母親は胎内で子の栄養(犠牲)になっている。ある意味、子は親を殺しながら育つんです。」
種が種の犠牲になって発芽する、そして、畑には母体がないので土の力が必要となります。藤松さんは、自然の姿を見れば、どうやって種を蒔いたらいいか分かるといいます。「もちろん1粒でも発芽しますが、きっと彼らは何か違うんじゃない?って思っていると思いますよ。」そんなことを考えながら苗を育てている藤松さんが微笑ましく思えます。
藤松さんは、しばらく耕作放棄地だった畑は、土の力が蓄えられているから一年目でも作物がよく育つんです、とよく口にされます。それはまさに、多くの植物の犠牲があって力が蓄えられているということです。そして、作物を育てることは犠牲を消費することであり、だからこそ、二年目以降どうやって土の力を蓄えながら作物を育てていけるかが問われるのだといいます。自然農が雑草を刈らないのは土の力を蓄えたいからです。コンパニオンプランツとしてマメ科の作物を植えるのは、土の力を蓄えながら収穫もしていく、もっとも象徴的な自然農の手法といえます。
次回は苗づくりの様子をお伝えできるかと思います。お楽しみに。