小さなビニールハウス

家庭だからできる自然農

皆さんは「自然農」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。農薬や肥料がないと作物は育たないと思っている方も少なくないかもしれません。しかし、作物は自然の力だけで十分に育ち、むしろ、そのほうが栄養のある美味しい作物を育てることができます。そして何より、自然のサイクルを活かした栽培方法は、持続可能な農業のあり方といえます。この連載では、自然農と家庭でできる農業について考えてみたいと思います。

Vol.6  自然の力を生かすと、年々楽になる。

5月の田植えに向けて藤松自然農園では、新たに準備したビニールハウス(前回参照)で、稲の育苗が進んでいます。

雑草に負けない、健康で大きな苗を育てる

「とくに自然農の田んぼの場合は、苗はなるべく大きく育てることが大切になります。まだ水が少なくて、空気があって、陽が良く当たるのは、雑草にとっても天国です。雑草との競争に負けないためにも、少しでも大きくして植えたいわけです。」

こう語る藤松さんは、今年の育苗では、昨年失敗したことが生かされているといいます。

昨年は、今日見た苗(下写真)よりも少し大きいくらいまでしか生長しなくて、植えてもすぐに黄色くなってしまい、大きく健康な状態まで育苗できなかったそうです。「昨年は、もみ殻を焼いてつくった籾殻燻炭(もみがらくんたん)を土に混ぜて苗床にしたんです。田んぼの土1に対して燻炭を2の割合です。苗床は軽いほうがいいと木村式自然栽培(※)の本にも書いてあったのでそうしてみたんですが、結果的には栄養が足りなかったようです。」木村式の苗床は田んぼの土ではなく、米糠を発酵させてつくった育苗土だったので、土の違いがあったのかもしれないと藤松さんは推測されました。「なので、今年は田んぼの土だけで苗床をつくりました。そうしたら今見ていただいたとおり、順調どころか早すぎるくらい大きく生長しています。土の量としては単純に昨年の3倍ですから、苗床を軽くするよりもこのほうが正解だったのかもしれません。」

何が正解かわからない、本に書いてあることよりも、こうした経験を経ることではじめて正解が得られる。これこそ自然農の醍醐味だと藤松さんは語ります。

「米糠や籾殻を使うことを<肥料>と位置付けられる方もいるかもしれませんが、使用する米糠や籾殻は自分の田んぼで育ったもので、もちろん化学肥料は使用していません。」一切の肥料(という概念)を使わない、何も施さないのではなく、使えるものは使ってより自然の力を引き出す、というのが藤松さんのスタンスです。

そもそも育苗することも同様です。自然農にこだわり、かつ大量生産するには、こうした自然の力を引き出す知恵は惜しみなく使う必要があるのです。このあたりのこだわりは家庭菜園とプロの違いといえるかもしれません。そして今年は、肥料を入れず田んぼの土だけで育苗に成功されたわけです。

「休耕田を借りて、今年から田んぼを再開する田んぼでは、代掻きを3回やる予定です。本来の自然農では代掻きすらしませんが、最初の年なので、さすがにやらないと雑草に負け続ける結果は明らかなので。」代掻きも雑草対策の一つで、やればやるほど雑草が生えにくくなるといいます。そして、来年以降はその回数も少なくすることができ、年々楽になっていくそうです。

「何しろ自然農の場合、最初(の年)が一番大変なんです。それを乗り越えると、どんどん楽になっていく。」自然の力を生かせている証拠です。

(※)木村式自然栽培:映画にもなった「奇跡のリンゴ」でお馴染みの青森のリンゴ生産者・木村秋則さんが提唱されている栽培方法。無農薬、無除草、無施肥の自然栽培で、稲の生命力を高めることを重視している。

育苗中の稲の苗

前回ご紹介したビニールハウスで育苗している稲の苗の様子。
苗の緑がとても鮮やかでいかにも健康そう。さらに大きくしてから定植を迎える。

ハウスの中はシートが張られている

気温が上がるとハウス内の乾燥が進んでしまうため、シートを被せて保湿をおこなっている。

自然の摂理や法則に則って、生育環境を整える

苗が順調に育ったら、いよいよ田んぼも畑も定植の時期を迎えます。「遅霜が降りなくなる5月くらいが定植の時期です。」早くてもそもそも生長しないですし、逆に虫に食べられるリスクが大きくなるだけで、ちゃんと適期があるわけです。

「夏野菜の定植も同じ頃からはじまります。ピーマン、シシトウ、トマトなどの果菜類、カボチャ、ゴーヤ、キュウリなどのウリ科の野菜もそうです。」そして、定植と同時に同じ野菜の直蒔きもおこなうそうです。収穫時期を長くするためにあえて同時におこなうのだと思いきや、結局は定植組に直蒔き組が追いついてしまうそうです。「直蒔き組はグングンと生長しますが、定植組は土が変わることでストレスに感じることがあるんだと思います。7、8月になると、どっちが直蒔きだったかわからなくなるほどです。適期適作とはよくいったものです。」

時期さえ間違わなければ作物はよく育つ、それぞれが生長する姿を目の当たりにし、確かに自然には摂理や法則があることを実感し、逆にいうと、自然の摂理を曲げて栽培することがいかに大変で、無理を強いていることになっていることを感じられるそうです。

「育苗しているものの、育苗して育った苗からは何となく違和感を持っていることを感じます。」俺たち何か違わない?と苗たちも感じ取っているはずだと仰います。だったら全て直蒔きのほうがいいのでは?と思ってしまいますが、やはり適期に完璧に合わせることは難しく、そもそも前述したとおりリスクがあるわけです。「直蒔きの場合、生長するのは早いですが、小さな芽の時期に雑草に負けてしまったり、虫に食べられてしまうリスクが大きいのです。何より全て直蒔きにしてしまったら、とても手間が掛かります。」育苗には、作物を少し過保護にすることで生長を促し、直蒔き組のリスクや手間を補完する役割も含んでいるのです。

「小さい時期に雑草の陰で陽射しが当たらないとか、虫に食べられるというのは、後々の生長に大きく影響してしまいます。小さい頃に受けるダメージは、作物も人間と同じでトラウマになってしまうのです。」直蒔きですくすくと生長した個体は優等生となりますが、もちろん、いろんな条件が揃っていたともいえます。「たまたまその部分の土がよかったとか、陽当たりがよく、風当たりが適当だったとか。とくに陽当たりは明らかです。日光が一番早く当たる場所の作物はよく育ちます。」

よく育った作物にとっては雑草も土をつくる支援者となるわけで、ある意味、作物は雑草というライバルによって育てられるという面もあるわけです。「例えば、果菜類は根を張る範囲がだいたい30cmくらいです。なので、ナスなら30cm以内の草を刈って草マルチ(草を刈り集めたものを作物の周りに敷くこと)してあげれば、そこはナスの独壇場になります。」もはや雑草というライバルも出現しなくなり、マルチングによって適当な水分も確保されます。「逆に、トマトは乾燥が好きなので厚くマルチしないほうがいいわけです。それぞれの作物に合わせて環境を整えてあげることが大切です。それもまた面白いのです。」

小さなビニールハウス

畑とご自宅の玄関先でも小さなハウスをつくり野菜の苗を育苗している。
こちらは、畑につくった小さなハウス。

芽が育っているセルトレイ

苗床となるセルトレイは地面に直接置かず、空のトレイの上に載せるなどして、地面からの底冷えに備える。

小さいビニールハウス2

玄関先のハウスは一畳ほどの大きさ。

セルトレイ

セルトレイであれば、一畳ほどの面積でもたくさんの苗を育てることができる。

作物自身に力が備わり、災害や病気、虫に強くなる

藤松さんと話していると、作物を育てるのは、人を育てるのと何ら変わらない、考慮すべき諸条件が多すぎてマニュアルが通じないということを思い知らされます。だからこそマニュアル化しやすい慣行農法に向かってしまう。でも、それでは違和感を持ち続けることになる。結局、私たちは作物や人を育てるのに環境を整えてあげることしかできないのです。そして、どこまでが環境で、どこから先が人工なのかを常に考えさせられます。

「慣行農法にもリスクがないわけではなくて、むしろ慣行農法のリスクのほうがより甚大で致命的なリスクと常に隣り合わせになっているといえます。」慣行農法は、台風などの自然災害はもちろん、病気や環境の変化に対応できず、一旦被害に遭うとすべてを失ってしまう可能性があります。画一的な栽培方法ゆえに、0か100かの結果しか残らない、それも環境に負荷をかけ続けることでしか持続できないのです。

農のしくみを知ると、人間社会との共通点をいくつも見つけることができます。

「自然農の場合、作物自身に力が備わりますから、自然災害や病気、環境の変化に強く、というより変化への対応力が備わっているといえるのではないでしょうか。」実際に自然農をはじめて2年目くらいの年に、大きな台風が2度来たことがあって、回りの田んぼは稲が全部倒れてしまって、すべて出荷できなくなってしまったそうです。そんな中でも、藤松さんの田んぼだけは、稲は1本も倒れなかったそうです。藤松さんの稲は地中深くまで根が張っていたからです。

「少し傾いてはいましたが、みんな倒れず踏みとどまっていました。上に肥料がないから下へ下へ根を伸ばすんです。根がしっかりしているから抜こうと思っても抜けないんです。これはすごいと思いましたね。」病気や虫に対しても、「多分ついてはいるとは思いますが、作物自身が意に介していない感じです。病気や虫がないわけはないので、あるけど健康でいられるのです。」人間社会は未だ、新型コロナウィルスの猛威の渦中にありますが、こうした病気に対しても同じではないかと藤松さんは仰います。「抑えられないのは、人間自身が弱くなっていることも関係しているように思えてなりません。」

コロナに限りませんが、コロナがこのことを象徴的にあぶり出してしまったのでしょうか。ワクチンに頼ることよりも、強い体をつくることが大事であることは言うまでもありません。そしてこれは、近年の家づくりにも通じていることのように思えます。「自然農は、こうした近代化の弊害、行き過ぎた資本主義の負の連鎖から抜けることができる考え方を持っています。私は自然農を通して、安全な作物を提供するだけでなく、こうした考え方こそ広めたいと思っています。」

家庭菜園を自然農でやる、数軒の家が畑や田んぼを共有して、自給しながら暮らすあり方は、まさに自然災害に強い暮らしのあり方といえます。

次回は、育苗した苗を定植した様子をお伝えできると思います。

スナックエンドウ

コンパニオンプランツ(共栄作物・共存作物)として植えたスナックエンドウも、収穫することができる。

緑いっぱい自然農の畑

雑草の合間から葉を伸ばしているタマネギの畑。

雑草の中で育った玉ねぎ

愛らしい玉ねぎの姿に、思わず目を細める。

さまざまな草たちの中で育っている大根

ダイコンも雑草とともに健康に育っている。