家庭だからできる自然農
皆さんは「自然農」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。農薬や肥料がないと作物は育たないと思っている方も少なくないかもしれません。しかし、作物は自然の力だけで十分に育ち、むしろ、そのほうが栄養のある美味しい作物を育てることができます。そして何より、自然のサイクルを活かした栽培方法は、持続可能な農業のあり方といえます。この連載では、自然農と家庭でできる農業について考えてみたいと思います。
Vol.7 作物に合った、コンパニオンプランツ。
前回、お米や野菜の育苗についてお話を伺いましたが、6月に入ると藤松自然農園では、いよいよ苗の定植と種蒔きがおこなわれました。
藤松さんは、下記のような野菜を育てています。
大玉トマト・ミニトマト・ピーマン・シシトウ・ナス・カボチャ・キュウリ・
バターナッツ・ズッキーニ・ゴーヤ・バジル
インゲン・エダマメ・ラッカセイ・オクラ・エンサイ・モロヘイヤ・ツルムラサキ
上記の苗や種は、ほぼ同じタイミングで植えられたそうです。
「前回もお話ししたように、苗で植えても種で植えても、種で植えたものが苗に追いついてしまうので、同じでいいんです。」苗で植えても、例えばウリ科の作物などは小さいうちにウリハムシなどに食べられてしまうので、苗の間に種も蒔くのだそうです。「保険ではないですが、食べられることをある程度想定して、苗と種とを組み合わせて植えるのも一つの工夫ですね。」
また、作物の特性に合わせて場所を選んであげる必要があります。
「乾燥しているところにはトマト、逆に水分が欠かせないナスなどのウリ科の作物は湿気が多いところでなければいけません。でも、なかなか条件が揃ったところばかりではないので、乾燥気味の場所であっても藁や草を敷くことで保湿してあげれば、ある程度カバーすることができます。」今年、東海地方は梅雨入りが早かった割に雨が降らず、畑は乾燥気味の状態が続いています。藁や草がストックされていれば、保湿対策がおこないやすくなります。
「畑の一画に山積みになっている藁や草は、そのまま使えば保湿対策に、雨が降って保湿対策が不要になっても、そのまま堆肥になるだけなのでストックしておいても無駄にはなりません。」
コンパニオンプランツ(共栄作物・共存作物)として、マメ科の作物を他の作物と組み合わせて植えることも自然農の特徴ですが、藤松さんはさらに水との相性も考慮しているそうで、同じマメ科でも、ラッカセイは乾燥に強く、エダマメはラッカセイよりも水が必要だといいます。
「ナスやエダマメには水が必要ですが、逆に水の取り合いになりそうなので、ナスにはラッカセイを組み合わせています。」ラッカセイは横に広がるのでラッカセイ自体が日陰をつくり、ナスの保湿対策としても機能することを期待されているようです。「ナスとエダマメを組み合わせると、どちらも上に伸びてしまうので、その点でも喧嘩してしまう可能性があります。」自然農の奥の深さをあらためて感じます。
家庭菜園の場合は土地の高低差など水の問題はあまり関係ないかもしれませんが、コンパニオンプランツとしての組み合わせは、考慮する価値があるかもしれません。「マメ科の作物は夏も冬もあるので、常に畑にいるようにしておくのが良いと思います。いてもらえば、ついでに収穫もできるわけなので。」
作物を植える間隔は、苗にしろ、種にしろ、「疎植」が自然農の基本だといいます。
「慣行農法と極端に違うわけではありませんが、植える間隔は広めだと思います。大玉トマトは広め、ミニトマトは大玉トマトほど広くなくていいかと。ナスも栄養が必要なので広めですね。広めに植えて、合間にラッカセイを植える感じです。」キュウリとかバターナッツなどは地面を這って大きくなるので、1メートル間隔ほどにされているそうです。とくにキュウリは、土が良ければ5メートルくらい広がるといいます。
キュウリの栽培というと支柱を立てたり、ネットを張って育てたりするイメージがありますが、藤松さんのキュウリは“地這いキュウリ”といって、地面を這わせて育てる方法をとっています。
「支柱やネットを使うのは、人間が収穫しやすくするためで、もともとキュウリは地這いの作物なんです。上に伸ばせば重力でキュウリも真っ直ぐな形になりますから、そちらが一般的になってしまいました。」支柱を立てたり、ネットを張る労力を考えれば、収穫の手間など手間というほどでもないと藤松さんは仰います。「台風で倒れたりしたら直さないといけないですし、私にとっては地這いのほうがやりやすいですね。」
因みに、傷みやすいゴーヤは地這いではなく、ネットを使うそうです。
「ゴーヤは、蔓を伸ばしてもともと何かに支えられることで大きくなる植物なんだと思います。」キュウリだけでなく、ズッキーニも地這い、トマトも、もともとは地這いの作物だったそうです。「トマトも支柱に紐で留めるのを忘れてしまうと、土に接した部分の茎から根っこを出して這い出しますよね。トマトも収穫しやすいように支柱を立てるようになったのだと思います。」
藤松さんは、トマトの場合は地這いでも支柱でもなく、ネットを使っているそうです。
「ネットなら斜めに這わせることができますから。収穫のしやすさと地這いの特性の良いとこ取りをしている感じです。」上に伸ばすよりも斜めのほうが地這いの性質が生きて、よく育つそうです。そして、夏にトマトで使ったネットは、冬もエンドウマメを育てるのに使うそうです。「冬にエンドウマメに使って、来年の夏は蔓のキュウリをやってみようとか、輪作したり使い回しができます。張ったり、仕舞ったりするのは面倒ですから、一度張ったらいろいろに使いたいわけです。」
ネットの使い回しも定植する際に考慮すべき事項になるわけです。
田んぼも、自然農では疎植が基本です。
「“疎植”で“深水”ですね。前回もお話ししたかもしれませんが、“苗半作”とはよく言ったもので、いい苗ができたら半分田んぼは成功したようなものなんです。」苗が大きく育っていれば、水を深く入れることができます。そうしたら余計な草は生えてこなくなります。「苗が小さいと、苗を水没させるわけにはいかないので水は浅くしか入れられません。そうすると草にとって好都合な環境になってしまうんです。」田んぼは完全にフラットなわけではなく、場所によっては凸凹しています。凸の部分では草は酸素を十分に取り込むことができるので、勢いが増してしまうのです。
苗を大きく育てるために、一つ一つの苗を個別に育苗できる育苗箱があって、それを利用すると栄養の取り合いがないので大きな苗を育てやすいそうです。「ただ、土はいっぺんに入れることができますが、種籾は一つ一つに入れないといけないので、手で入れるにはものすごく手間が掛かります。そこで専用の機械が必要になります。そして、それで育てた苗専用の田植え機がさらに必要になってしまうんです。」そこまで見越して取り入れるかどうか、悩ましい問題だと藤松さんは語ります。
機械化のメリットは分かるものの、一旦、機械化の方向に進んでしまうと、結局は全て機械化するのがよくなってしまう、効率や生産性という呪縛に取り込まれてしまいます。「機械化とは、すべてセットになっているんです。一部分だけを機械化するのではもったいないことになる……とても悩ましいのです。」
これまで藤松さんは手押しの田植え機を使われていましたが、今年は自動の田植え機を使ってみたそうです。でも使い勝手が悪かったといいます。「それこそ疎植が上手くできないのです。手押しの機械は苗と苗の間隔を任意で調整できますが、一般的な機械植えの場合は間隔が決まっていて調整できません。」しかも自分で育苗した苗を上手く掴んでくれないので、一条まるまる植わっていなかったということもあったそうです。「今年は育苗の時期が早過ぎて、温度管理にも失敗してしまったので、根の張りが弱い苗になってしまったのも原因です。」
大きな苗にならないと深水にできず、草対策が別途必要になる、やることが雪だるま式に増え、自然の摂理に合わせることがどんどん難しくなってしまうのです。「とくに自然農の場合、はじめにボタンを掛け違うと辻褄を合わせるのが大変なんです。」田んぼに水を入れて代掻きをするために、苗に育苗箱に入れたまま待ってもらう時期があったそうです。「苗にとっても、育苗の勢いのまま定植までしてしまうのが、ストレスが掛からなくていいんだと思います。気温が上がり、これからっていうときに待たされたのでは、あれっ、こんなはずじゃあないのに、となるわけです。」活着が悪く、苗からもそれが伝わるようです。
来年は、今年の経験を生かし、育苗時期を少し遅らせるつもりだそうです。「来年は代掻きを3回して、育苗からそのまま定植できるようにスケジュールがすでに頭に入っています。」
自然農では、こうした失敗や教訓がすべて経験となり、次に生かされます。
「自然を理解しながらやる自然農は、どうしても最初は失敗の連続です。でも、失敗するからこそ来年は上手くやれる自信になります。」年を追うごとに経験が蓄積され、良くなる一方なのも自然農だからこそだといいます。「とはいえ、最初から自然農で農家としてやっていくのは大変です。たくさん採らなければならない、できるだけ早く採らなくてはならないというのは、ある意味、自然の摂理を外れることにもなるからです。でも、家庭菜園であれば、たくさん採る必要も、採れる時期を長くする必要もないので、自然の摂理のまま作物を育てることができます。」藤松さんのご苦労を目の当たりにすると、当たり前のことですが、自然の摂理に合わせて作物を育てられるのは、とても恵まれていることなのだと、あらためて感じます。