まちの中の建築スケッチ

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花の家
——里山の古民家——

花の家

昨年出版した「小さな声からはじまる建築思想」で、持続可能社会における建築のあり方を書いたこともあって、建築学会の富山支所の企画として講演の機会を頂いた。以前も2009年2月に「建築基本法と構造安全性」について富山で話をさせてもらったこともあり、久しぶりで楽しみにして訪れた。その時と違って、新幹線で東京から2時間10分というのは、驚きである。
まだコロナ感染対策が言われていることもあり、直接聴いていただいた方とzoom参加の方とが半々の、合わせて60人ほどに県民会館で話させてもらった。打ち上げ会でも11人で美味しい料理を味わいつつ、建築のこと、教育のこと、議論の場を楽しんだ。
そして翌日は、企画をしていただいた富樫豊氏により、自分のふるさとを案内すると言われて、半日車で上市町の里山風景を見に連れて行ってもらった。上市町は富山県南東部に位置するが、富山藩というのは、現在の市域の小さな範囲だけで、加賀藩に属していたのだという。しかも立山連峰が控えており、行き止まりの里山だ。寺は奈良時代くらいからの記録もあり、江戸時代までは集落が小さな持続可能社会を形成していたということだろう。
立山寺の栂並木、剱岳を望む眺望の千石城山を案内してもらい、行基が開祖といわれる大岩山日石寺の前に訪れたのが、おおかみこどもの花の家であった。
10年前に作られたアニメ映画「おおかみこどもの雨と雪」の舞台となった古民家が、今も町の支援もあって富樫さんも含むサポーターズのスタッフにより維持されている。雨と雪はおおかみおとこを父にもつおおかみこどもの姉弟。母が主人公の花。細田守監督は、花の家に相応しいモデルを全国にさがし、上市町の山間に古民家を見つけたのだという。雨と雪の勉強部屋もそのままになっている。
基壇の上に切妻2階建て(実はさらに屋根裏が養蚕に使われていたという)のどっしりとした大きな民家である。南面の右手半分を占める長い開口部が印象的だ。住む人がいなくなってからも、映画の舞台になる前からハイカーたちの休憩所に使われていたという。
スケッチをしたり、コーヒーをご馳走になったりの、小一時間の滞在であったが、その間も4組ほどのハイカーがカメラを持って覗いて行った。ホームページによると、毎年1万人の訪問者があり、すでに10万人を超えたというから観光資源としても立派な資産である。
庭先には花壇も作られているが、裏山の杉林と手前には畑地もあって、ときどきイベントも開催されているようである。もちろん、オーナーの理解が無くては成り立たないが、多くの人に安らぐ場を提供するという意味で美しい建築である。

著者について

神田順

神田順かんだじゅん
1947年岐阜県生まれ。東京大学建築学科大学院修士修了。エディンバラ大学PhD取得。竹中工務店にて構造設計の実務経験の後、1980年より東京大学工学部助教授のち教授。1999年より新領域創成科学研究科社会文化環境学教授。2012年より日本大学理工学部建築学科教授。著書に『安全な建物とは何か』(技術評論社)、『建築構造計画概論』(共立出版)など。