暮らしの時代
美術・デザイン・建築 –– 味岡伸太郎の仕事
人々の「暮らし」の様相が、その時代を象徴する風景となるとき、その暮らしがどのように作られたのか、想像したことがあるでしょうか。
時代ごとにあるべき「暮らし」を描き、美を添えてきた達人たち。彼らの仕事によって、時代はつくられたとも言えます。
では、「暮らしの達人」の仕事とはどのようなものなのか。
シリーズ初回は、領域を横断的に活躍するアーティスト・味岡伸太郎氏を、住宅業界に長く携わる編集者・中村謙太郎さんが尋ね、味岡氏がもたらした「暮らしの時代」の輪郭を浮かび上がらせます。
Vol.1 土の豊かさを美術で表現する
文人とは、まさにこの人のことだ。
グラフィックデザインに始まり、美術、書、建築などあらゆる表現活動をものにし、近年は地域誌の編集・出版まで手がける。しかも、そのいずれもが独学である。
いかにして、それが可能であったのか。
愛知県豊橋市を拠点とする、現代の文人の活動の軌跡を追う。
土の豊かなバリエーションを表現した美術作品
およそ1.5m四方の綿布を縦横に3等分した正方形のマスに、木工用ボンドを混ぜて練った土を、コテでこすりつける。
土は、今年(2017年)の夏に、富士山の1合目をぐるりと一周し、地面が露出している場所を探し、計20カ所で採取。
一カ所につき3×3=9ポイント、縦横に場所を約50cmずらして採取している。
画面を9分割しているのは、この9ポイントの土を採取場所と同じ間隔で塗り分けるためだ。
こうして仕上がったドローイングが20点。
そのうち15点が愛知県豊橋のGallery SINCERITE(サンセリテ)にて、5点が東京都中央区のRED AND BLUE GALLERYにて、この11月に展示された(※)。
2会場の様子は、いずれも圧巻の一言だった。
遠目から見れば、重厚かつ壮麗なタペストリーが並んでいるかのようであり、ぐっと近寄れば、様々な大きさの土の粒子や、時には木の根が荒々しいマチエールとなって視界に飛び込んでくる。
それぞれの採取したエリアや地層、位置といった微細な違いが、粘土・砂・腐葉土など構成要素の差異を生み、それが色と質感に反映され、どれ一つとして同じ色の作品はない。
赤・茶・こげ茶・黒––そのバリエーションの豊かさを目の当たりにして、来場者は一様に「土の色がこんなに美しいなんて」と、感嘆の声を上げていた。
土との出会い
このドローイング群を描き上げた作家は、愛知県豊橋市在住の味岡伸太郎、1949年生まれ。土による美術作品を30年近くつくり続けている。
「土との出会いは偶然でした。自宅の改装で残り、庭に積み上げられた赤土を手に取り、水を混ぜて紙にこすりつけたら、その軌跡が線になって残る一方、持った土は立体になった。つまり、土という素材は立体にも平面にもなる。水を加えればどろどろになって絵の具になり、熱を加えれば焼き物にもなる。この性質が色んな事に利用できる。そう思ったんですね」と、味岡は述懐する。
最初に土による作品を発表したのは1990年、「富士山麓地質調査」と銘打った仕事だ。
それは山梨県上九一色村の牧草地で、地面の草を刈った後に60cm×17m、深さ1mの溝を掘り、掘り出した土を目の違うふるいにかけて、5種類の山をつくるというプロジェクトだった。
その後、味岡の土による作品は立体から平面へと徐々にシフトしていくが、土を採取し最小限の加工を施すことにより、土の性質をそのまま表現するという手法の根幹は一貫している。
その最新作が、先述のドローイングというわけだ。
ここで注意しておきたいのが、味岡は一連の仕事を“ペインティング”と呼ばないこと。
つまり“塗る”のではなく“描く”という意識を味岡は徹底している。
そこには、味岡のこれまでの道程が深く関わっているようだ。
(続く)
Gallery SINCERITE(愛知県豊橋市)2017年11月3日~26日
味岡伸太郎展 富士山麓20景之内五
RED AND BLUE GALLERY(東京都中央区)2017年11月10日~12月9日
写真(特記以外)=中村謙太郎