暮らしの時代 美術・デザイン・建築ー味岡伸太郎

暮らしの時代 
美術・デザイン・建築 –– 味岡伸太郎の仕事

人々の「暮らし」の様相が、その時代を象徴する風景となるとき、その暮らしがどのように作られたのか、想像したことがあるでしょうか。
時代ごとにあるべき「暮らし」を描き、美を添えてきた達人たち。彼らの仕事によって、時代はつくられたとも言えます。
では、「暮らしの達人」の仕事とはどのようなものなのか。
シリーズ初回は、領域を横断的に活躍するアーティスト・味岡伸太郎氏を、住宅業界に長く携わる編集者・中村謙太郎さんが尋ね、味岡氏がもたらした「暮らしの時代」の輪郭を浮かび上がらせます。

Vol.2  美術とデザインという二つの斜面

結果を求めてはいけない

 

味岡は高校生の頃に、グラフィックデザインという分野を知り、まもなくデザイナーとしてのキャリアをスタートさせる。
そして、20代前半で美術と書にも興味を持つようになった。
20代半ばを過ぎて、前衛書家として世界的に知られる井上有一(1916~1985年)と知己を得、井上と同人が主催する墨人展に出展し始める。もっとも、現代美術の文脈で語られる井上同様、味岡も、ベニヤ板に塗った油絵の具の上から釘で文字や図形を引っ掻いた美術的な作品を制作した。
この頃、既に自らの作品を“ドローイング”と称している。つまり、味岡にとって書と美術の境界はないのだ(ちなみに、土をボンドで練るのは、油煙の墨をボンドでこねる前衛書道の手法を転用している)。
美術を本格的に始め、個展を開催するまでになった味岡は、人の勧めで日本を代表する現代美術家・山口長男(たけお/1902~1983年)に出会い、こう言われたという。
「美術に関わることでデザインが大衆に迎合せず、その一方でデザインに関わることで美術が社会との接点を見失わずに済む。だから美術とデザインという二つの斜面がつくる稜線の上を歩け」。
そして、
「現象を描くな。できた結果が現象であって、それを目的にしてはいけない。その現象を起こす何かを描け」とも。
この教えが、味岡にとって大きな指針となった。美術もデザインも、人に何かを伝えるため一人よがりになってはいけないが、同時に、大衆受けを狙うあまり本質を見失ってもいけない。そして現象を目的にしないとは、結果を狙いすぎてはいけない。
味岡はそのために大切なのが、自我を抑制することだと言うのだ。

土の中にある自然の摂理を引き出す

 

味岡はこう説明する。
「自我を追究し続けることは、既成の枠組みから、何もかも自由になることだと思っています。しかし、それには自ずと限界があり、いずれは行き詰まってしまう。
そこで、ある仕組みをつくって素材に委ねることで、自然の中にある色々な摂理を引き出そうと考えました。どんな素材にも同じ仕組みを適用し、並べることで、そのものが持つ性質や色彩が見えてきます」。
この手法にとって格好の素材が、土だったというわけだ。

暮らしの時代 美術・デザイン・建築ー味岡伸太郎

同じ土でも色の違いがはっきり現れている。



味岡は作品に適した土を選ぶことも、作品向けに調整することもしない。ただ地表に露出している土を採取し、ボンドで練って、布に塗りつけるというプロセスを、どの場所の土に対しても繰り返すだけだ。それは、日本の土壁が、壁を強くするため土に砂を足したりワラを入れたりするのと、まるで反対である。
無作為に同じ行為を繰り返すからこそ、場所ごとの土の性質の違いが現れてくる。
しかも、そのバリエーションは無限大なのだ。

味岡ドローイングの魅力とは

 

味岡の美術におけるスタンスについて、美術批評誌『ART CRITIQUE』の編集・発行人である櫻井拓は「土を素材として扱う作家は他にもいますが、味岡さんほど徹底して自我の抑制を実践している人は、私の知る範囲では、かなり特異だと思います」と評する。
味岡の活動を30年近くサポートしてきたギャラリーサンセリテの野尻眞理子も、こう証言する。
「既存のカテゴリーやジャンルのどこにも属さず、日本にありがちなジャンル分けを得意とする評論では語りにくい。それは裏を返せば、本当に自分の中から出てきたものでつくる、全くうそのない人ということです。味岡さんがすごいのは、自我を隠しても隠しても本当のオリジナリティが現れるところ。それが本当の自我ですよ。それがあるから、見るものにとっては魅力なんです」。

暮らしの時代 美術・デザイン・建築ー味岡伸太郎

Gallery SINCERITEにて、味岡と櫻井(左)のトークセッション

 

さすが、長年味岡を見てきただけあって、核心をついた言葉だ。さらに野尻は言う。
「究極は、この人の手が動いた痕跡が美しい。そこがいちばんの魅力です。手の動きが圧倒的に美しかったら、アーティストはそれが全てですよ」。
手の動きの美しさ。それは味岡本人の見解とも一致する。
「描くという手の動きが、納得できる形であるのならば、自ずと結果につながるはずです。僕がペインティングではなくドローイングと言っているのは、線の集積が結果として面になると考えていて、面をつくることが目的ではないということなんです」。

(続く)

表題写真提供=味岡伸太郎
他写真=中村謙太郎

著者について

中村謙太郎

中村謙太郎なかむら・けんたろう
編集者・ライター
1969年生まれ。1992年武蔵野美術大学造形学部建築学科を卒業後、『住宅建築』編集部、『チルチンびと』編集部を経て、2014年独立。建築関連の編集業務の他、土壁の魅力を一人でも多くの方に知ってもらうべく、建築家の高橋昌巳、遠野未来とともに「まちなかで土壁の家をふやす会」を結成。関東近郊で土壁の見学会や勉強会を毎月開催中。

暮らしの時代 
美術・デザイン・建築 –– 味岡伸太郎の仕事について

人々の「暮らし」の様相が、その時代を象徴する風景となるとき、その暮らしがどのように作られたのか、想像したことがあるでしょうか。 時代ごとにあるべき「暮らし」を描き、美を添えてきた達人たち。彼らの仕事によって、時代はつくられたとも言えます。 では、「暮らしの達人」の仕事とはどのようなものなのか。 シリーズ初回は、領域を横断的に活躍するアーティスト・味岡伸太郎氏を、住宅業界に長く携わる編集者・中村謙太郎さんが尋ね、味岡氏がもたらした「暮らしの時代」の輪郭を浮かび上がらせます。