稲のはざがけ

家庭だからできる自然農

皆さんは「自然農」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。農薬や肥料がないと作物は育たないと思っている方も少なくないかもしれません。しかし、作物は自然の力だけで十分に育ち、むしろ、そのほうが栄養のある美味しい作物を育てることができます。そして何より、自然のサイクルを活かした栽培方法は、持続可能な農業のあり方といえます。この連載では、自然農と家庭でできる農業について考えてみたいと思います。

Vol.1  自然の力を活かす農業―自然農

無耕作、無除草、無施肥、無農薬

浜松市で農園を営む藤松泰通さんは、「自然農」と呼ばれる方法で作物を育てています。自然農とは「耕さない、除草しない、肥料を与えない、農薬を使わない」の4つの原則に従うなど、土壌そのものの力によって作物を育てるという考え方です。1930年代から自ら農業を営みつつ「わら一本の革命」を書いた福岡正信さん、宗教家で文明評論家、美術収集家でもあった岡田茂吉さんらが提唱し、彼らの理念を継承しつつ、手法は少しずつアレンジされながら川口由一さん、「奇跡のリンゴ」の木村秋則さんらによって受け継がれてきた作物を育てる方法です。

自然農に対して一般的に普及している農法が「慣行農法」と呼ばれる方法です。慣行農法では農薬を使用して作物の病気や虫による被害を抑えたり、化学肥料を与えて作物の成長を促したりして栽培します。オーガニック野菜のシェアが1%に満たない日本では、スーパーやコンビニ、食料品店などで流通している米、野菜、果物のほとんどが慣行農法で栽培されたものです。F1種の種や遺伝子組み換え作物は慣行農法の考え方によるもので、収量の増加、高効率化、品質の安定化がこの農法の目標です。

また、自然農と慣行農法の間に位置付けられる農法としてお馴染みの「有機農法」あるいは「有機栽培」という栽培方法があります。農薬は使わないものの動物の糞や米ぬか、油粕などの有機肥料を使います。いわゆる「オーガニック」な栽培方法ということになります。ただ、藤松さんは「有機肥料といっても、そもそも家畜の餌にはビタミン剤や抗生物質、さまざまな添加物が含まれていて、排泄物にはこれらの物質が濃縮されていることになり、事実上、化学物質フリーとは言い切れない」といいます。大量施肥が可能な有機農法は硝酸態窒素の問題も残り、有機農法とはいえ場合によっては慣行農法に限りなく近い位置付けの場合もあるのかもしれません。

※硝酸態窒素:化合物の中に硝酸塩として含まれている窒素で、高濃度で摂取すると健康に悪影響が及んだり、地下水を汚染し湖沼や海などの富栄養化を招くなど、環境へも悪影響が及ぶ場合がある。

藤松泰通さん

藤松泰通さん(上)。雑草の力も利用する藤松さんの農地は雑草の中で作物が育っているという感覚に近い。写真は大豆と人参。

自然の理に寄り添った農業

自然農、慣行農法、有機農法の違いをまとめると次の表のようになります。表はあくまでも相対的な比較になるので、味などの主観的な比較は参考までご覧ください。この表を見てわかるとおり、慣行農法は農薬、化学肥料を使用することで機械化、大規模化が可能となります。安全性が低く味が多少悪くとも、一定に品質の揃った作物を大量に流通させるのに向いています。一方、自然農の場合、安全性が高く味も良いものの、雑草を刈っては敷くを繰り返したり、自然や環境の微妙な変化に対してきめ細やかな対応が必要など、画一的な栽培が難しいため機械化、大規模化が難しく、大量生産・大量流通には向きません。プロの農家がどちらの農法を選ぶか一目瞭然です。私たちが毎日、米や野菜、果物を口にできるのはいわば慣行農法のおかげでもあります。しかし、野菜本来の味や季節感、長い目で見たときの健康や環境問題など、目に見えないことに盲目のままでよいのでしょうか。

農法 農薬 肥料 機械化 大規模化 安全性
慣行農法 使用 化学肥料 可能 可能 低い 悪い
有機農法 不使用(原則) 有機肥料(原則) 可能 可能 中間 ばらつき有
自然農 不使用 不使用 不向き 不可能 高い 良い

「自然農では、文字どおり自然が発する声なき声に耳を傾けて作物を栽培します。本来、土はさまざまな生物によってつくられています。菌類、微生物、ミミズ、ダンゴムシなど、肥沃な土壌とは多様な生物が生きることで生まれます。もちろん、植物もその一つです。雑草と呼ばれている植物の根にはたくさんの菌類や微生物が棲んでおり、いわば雑草が土を育ててくれているわけです。」自然農が除草しないことを原則にしているのはそのためです。藤松さんは、除草することは、せっかくの自然の力を削いでしまうことになり、もったいないと語ります。草ぼうぼうの耕作放棄地は、藤松さんにとってさまざまな作物が育つための土が育っている「宝の山」に見えるようです。「空き地などでよく目にするエノコログサ(通称、ネコジャラシ)は、実は土が段階的に育っていく過程で見られる雑草なんです。つまり、エノコログサがたくさん生えている場所の土は、作物が良く育つよい農地に変化して来ている最中ということなんです。」また、冒頭で述べた自然農の4つの原則について「“耕さない“という原則がありますが、これはあくまで原則で、作物や環境によって最初だけ耕して(うね)をつくることもあります。除草も同じです。」と語り、作物によっては除草してマルチングしたほうがよいこともあり、大切なのはあくまでも自然が発する声なき声に耳を傾けることだと強調します。

猫じゃらし

耕作放棄地となっている農地だが、自然農にとっては土が育っている宝の土地。
エノコログサの群落がそれを物語っている。

自然の力を活かすほうが経済的

藤松さんは「自然は嘘がない」とも語ります。「もちろん、失敗することだって少なくありません。でもそれは私の注意が足りなかったことが原因ですからハッキリしています。」自然が発する声なき声を汲み取ることができなかった自己責任だと受け止めています。そして、失敗することで対処方法を見つけることができ、それこそが「知恵」になるのだといいます。「失敗して解決策を見つけて、次の年に試してみることの繰り返しです。これが何より楽しいわけです。上手くいったときは本当に嬉しいですね。」自然は嘘がない、上手くいったということは自然の声が聴こえたことを意味します。自然の声を聴き、自然の力を活かして作物を育てる醍醐味といえます。「そもそも作物というのは自然の恵みです。自然との応答から生まれたもので、自然に反して無理矢理育てることが良い結果を招くはずがありません。」

そして、自然の力を活かすことは本来、経済的でもあるはずだといいます。「肥料を買わないでいいわけですからお金が掛かりません。その代わり知恵と手間が必要ですけどね。ほとんどのプロの農家さんは慣行農法により生計を立てています。大量生産できますが、出費も大量です。そして、土を育てない農業は種苗も肥料もメーカーの言いなりにならざるを得ず、経費は増える一方で、一体誰のために農業をしているのかわからなくなるのでは。」とプロによる農業の実態を浮き彫りにします。誰のための農業なのか―、この疑問は耕作放棄地がこんなにも増えてしまった原因の一つといえるのかもしれません。

作物のまわりには刈った草でマルチングを施す。草はさまざまな生き物によって土に還っていき作物の栄養となる。

刈った草を土の上にストックしておけば生き物たちが勝手に良質の土にかえてくれる。自然の力を活かさない手はない。

農地や作物の数だけ農法がある

藤松さんの実家は農家ではありませんでした。藤松さんは高校卒業後、上京してさまざまな職業を経験されたそうです。「建設関係、金型の営業、NPO法人等、いくつかの会社、組織でサラリーマンをやりました。そして東日本大震災も東京で経験しました。居ても立っても居られず福島に行き、除染作業や福一の廃炉作業なども経験し、組織の運営やあり方、公がいかにいい加減かも身をもって体験したんです。」その後、徳島県の農業法人で自然農を学び、自然農を営む個人の農家では種苗から販売まで一貫して経験することができたといいます。そして徳島では、スーパーで買ったものと自然農で育てたものとの違いを目の当たりにしました。「違いを確かめたくて、それぞれキュウリを瓶に入れて経過を観察しました。スーパーで買ったキュウリは間もなく腐ってどろどろになりましたが、自然農で育てたキュウリはしばらくしても浅漬けのキュウリのようで、まだ食べられる感じでした。」

自然の力を活かして育てた野菜は、野菜自らに力があり、虫もつかないといいます。だからこそ農薬が必要ないそうです。虫がつくのは野菜自身に力がない証拠で、農薬や肥料がそれを補完しているに過ぎないのです。自然農で育った野菜は大きくならない代わりに栄養をたくさん蓄えているため美味しく、それが野菜本来の味です。「2017年に地元に戻って農業をはじめようとしましたが、農家の資格はありませんでしたから自分でやるしかありませんでした。プロの農家とはそもそも入り口が違ったわけです。今はまだ畑と田んぼ、それぞれ4反ずつしかありませんが、個人のお客さまに直売することで生計を立てています。」農業に限らず、人間がつくった組織では目的がすり替わり、嘘が蔓延る温床が生まれる。自然相手の農業こそ独学であるべきだと語ります。「自然が相手ですから、教科書どおりなんて通用しないですよね。農地や作物に同じなんてない、陽当たりや雨の掛かり方、土の性質、風の当たり方など千差万別で、それぞれに適したやり方を見つけるしかありません。」いわば慣行農法はそれを放棄するための農法といえます。美味しい作物が育つ答えは現場にある―。
次回は自然農と家庭菜園の相性について語っていただきます。



田んぼ

黄色い田んぼ

上は藤松さんの田んぼで、下は慣行農法による田んぼ。
藤松さんの田んぼは、稲に混ざって緑の雑草が伸びているのがわかる。

はさかけもはや日本の農村から消滅しそうな「はさかけ」のある風景。
藤松さんは「はさがけ」も大切な自然の力を活かすプロセスであるとこの作業を譲らない。
「風味が全然違うんです。」

藤松自然農園

〒431-1201静岡県浜松市西区深萩町304-169
Tel:080-8025-3680
Eメール/fujimatsushizennouen@gmail.com

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