家庭だからできる自然農
皆さんは「自然農」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。農薬や肥料がないと作物は育たないと思っている方も少なくないかもしれません。しかし、作物は自然の力だけで十分に育ち、むしろ、そのほうが栄養のある美味しい作物を育てることができます。そして何より、自然のサイクルを活かした栽培方法は、持続可能な農業のあり方といえます。この連載では、自然農と家庭でできる農業について考えてみたいと思います。
Vol.4 家庭菜園だからこそ、自家採種で。
冬は農閑期、とくに自然との応答を重視する自然農では、冬は農作業はほぼお休みの期間となり、春以降に何をどうするかなど作戦を練る時期となります。今回は春以降の作物や具体的な農作業のお話を伺う前に、自然農にとって根幹となる「種や苗」にまつわるお話や、それを通した自然農のあり方について、あらためて伺うことにしました。
これまでの連載で述べてきたように自然農では自家採種が基本です。しかし、自家採種や自家増殖に関して近年、法律的な動きがありました。2018年の種子法廃止と2020年の種苗法改定です。こうした法律の動きが日本の地域性豊かな食文化にどんな影響が及ぶのか、農家や食品関係者だけでなく、多くの一般の方の間でも関心が高まり、賛否両論の議論が沸き起こりました。藤松さんは「こうした法律的な動きは、簡単にいうと日本の農産物の市場を海外にも解放しようという動きで、結果的に種子を寡占するモンサントやモンサントを買収したバイエルなどの海外の大手メーカーの参入を許すことになります。固定種(在来種)を守るということがなくなり、大手によって開発された種(F1種)が今以上に幅を利かせていくことになる。」と仰います。「野口のタネの野口さんなんかは、これを機にどんどん種採りしてください、って言っているんですよね。そうしないと固定種がなくなってしまう。種子法は米、麦、大豆などの主要農産物の種を公共の財産として守るための法律でした。守らなくてよくなったおかげで我々も手に入るようになったわけですが、昨年の種苗法の改定で、登録品種から種を採ることが禁止され、採った場合は許諾料を支払うことが必要になりました。」
無断で採種した場合は窃盗罪と同等以上の罪に問われ、罰金や懲役が科されるといいます。そうなると種を採る人はいなくなり、結局は登録品種が市場を独占していくことになります。「固定種から自家採種できなくなるわけではありませんが、例えば、登録品種の野菜の花粉が飛んできて固定種から自家採種した野菜に受粉してしまうと我々は負けてしまうことになります。」すでに海外では農家がメーカーに訴えられて負けてしまう例が報告されていて、実際にメーカー主導の動きが表面化してきているそうです。
種苗法の改定は、育種者の権利を守ることを目的としたもので、いわば種に特許権や著作権を与えるための改定です。権利を保護するというと聞こえはいいですが、その実体は自家採種をなくし市場を独占したいというメーカー主導の農業のあり方を推進するものです。音楽や芸術などの分野で著作権を保護することの大切さは理解できますが、こと農業に関してはオリジナルであることの意味がどれほどあるのか、音楽や芸術と同じ扱いはできないように感じます。
「農作物はもともと自然のものであって、そもそも種だけで育つわけではないですよね。土や太陽、水など、その土地の恵みや微生物の働きがあってこそ育つわけです。そして、代々種が引き継がれることで地域らしさ、多様性が育まれていくわけです。」もとの種は同じでもその土地の作物になっていくわけで、多様性こそ地域独特の風味や美味しさを生み出すもととなっていたはずです。
さらに藤松さんはこうした法律があくまでも国内法にすぎない点を指摘します。
「国内でどんなに種の権利を保護しようが、海外のメーカーが盗んでしまうことを抑えることはできません。法改定はそれを抑えるためのものだというけれど、国内法である以上止められない。そのことを放置したうえで改定してしまったわけです。」
改定賛成派の主張は法改定こそ育種者の権利保護、登録品種の海外や産地外への流出を防止し、より優れた品種の開発につながるとしていますが、国内では自家採種(自然農)を追いやり、海外への流出は野放しという、むしろ誰のためでもない結果に結びつく可能性を藤松さんたちは懸念しています。
「賛成派の人たちは、反対派の人たちは誤解しているとか、懸念していることが現実にはならないと言いますが、私たち現場の人間からすると、賛成派の人たちこそ現実を分かっていないと感じます。日本の農業を守るための法改定ということを強調していますが、本当に日本の農業を守りたいなら自家採種を禁止するどころか奨励しなくてはいけません。」
国が守りたいのは日本の農業ではなく、海外企業への開かれた市場である日本の体制であり、今回の種子法廃止と種苗法改定が日本の農業の国際競争力を高めるという幻想を抱いているだけに過ぎません。
藤松さんはこうした議論が日本の農業や食物について多くの人が考え直す契機になればと仰います。
「一般の人からすると、どっちの意見も正しいと思えてしまい、本当はどっちが正しいの?と思ってしまうのが現実ではないでしょうか。本来は、国や専門家、農家が議論するのではなく、食の流通の末端にいる一般の方がきちんとした判断ができるというのが理想の姿だと思います。」そのためにも食べ物のことを他人任せにするのではなく、積極的に食に関わる、例えば、自分で作物を育てることは正しい判断をおこなううえでとても大事なことになります。
慣行農法が当たり前になり、こうした法改定も慣行農法を前提としたやりとりになっています。賛否両論の意見が嚙み合わないのも、この前提が障壁になっているように感じます。「法改定されたからといって自然農という選択肢がなくなったわけではありませんし、法改定はあくまでプロの農家を対象としたもので、家庭菜園であれば登録品種から自家採種することも問題ありません。」
自然農で作物をつくるプロの農家である藤松さんは法改定に伴い、今年は新たに種を購入したそうです。「これまで3年間、自家採種してきた種が使えなくなるのは大変残念ですが、また今年から再スタートです。」
これから春にかけてはエンドウやコマツナなどの葉物を植えていくことになりますが、前回お話しを伺ったニンジンなども早生や晩生があったり、エンドウにも蔓ありや蔓なしがあったりして、代々種を採り、傾向を揃えていくと種によってこうした特性が出てくるそうです。「いわゆる育種とはこうして長い時間をかけておこなわれていくわけですが、そのおかげで栽培期間を長くできたり、作物によっては年中栽培できるようになりました。ただ、自然農できっちりやる場合は、その野菜の本当の旬じゃないと育ちません。」
例えば、タマネギは徹底した自然農で栽培すると1シーズンでは大きくならないので2シーズンにまたがっての栽培を試みたそうです。「2年かけてタマネギを育てるなんてほかでは聞いたことありませんが、やってみたら意外とできて、しかもめちゃめちゃ美味しくなりました。キャベツも根っこと茎が残っていると翌年また復活してくるので、面白いからあえて残しています。
自然農は何もないところからはじめられる作物を大きく育てるのは簡単です。肥料を使えばいいのです。しかし、藤松さんはそれをしません。
「自然農で作物を育てるのは大変だし、そもそも大きくは育ちません。でも、農薬や肥料を使えばいとも簡単に大きくできます。しかし、それをしてしまったら終わりなんです。私はまず自然農でやれるところまでやってみたいと思っていて、野菜のことをもっと知りたいと思っています。大きくすることはいくらでもできるので。」
また、虫がつかないように農薬を撒いたり、草刈りしたりするけれど、そうしなくても虫がつかないような育て方があるといいます。「例えば、田んぼでも機械で植えると稲と稲の間がきっちり15cm間隔になってしまいますが、手植えだと任意で間隔を空けることができます。そうすると稲と稲の間に風がとおり、陽が射すようになります。稲そのものが健康になるんです。それも虫をつきにくくする一つの工夫です。」虫がつきやすいのは、作物の健康状態が悪いことが原因だったりするのです。
藤松さんが新規就農する際、市役所の担当者からは新規就農するには1000万円くらい金が必要だと言われたそうです。「知り合いの中には実家や親せきからお金を工面してもらい、ちゃんと1000万円用意してはじめた人もいます。それはそれである意味優秀だと思いますが、でも私にはとてもそんなことができないので、自然農でコツコツと農地を増やしながらやってきました。」何もないところからでも農業をはじめられることを藤松さんは証明したいと考えているのです。
「慣行農法をはじめるには、とにかくお金が掛かります。慣行農法でやっていく人は農薬や肥料、機械のことは詳しくなりますが、肝心の野菜のことは何も知りません。」野菜のことを知らなくても農業ができるようにしたのがまさに慣行農法なのですから当然といえば当然です。自然農では、自然の法則に人が合わせて作物を育てるという姿勢が必要です。それゆえ、造られた野菜ではなく、自然が育んだ野菜となります。藤松さんの作物に対する姿勢を見聞きしていると、まさに植物という“生き物に対峙している”ことを感じます。
そのことを象徴するエピソードをお聞きしました。
はじめて稲刈りを機械でやったとき、稲をないがしろにする機械に腹が立ったそうです。「機械を使うと、大切に育てた稲をお構いなしに踏みつけていってしまいます。はじめて使ったとき、“この野郎なにしやがるんだ”と、機械を何度も止めては動かしたりして大変でした。」もちろん、藤松さんは機械を使うことや慣行農法を否定しているわけではありません。あくまでも自然農を選択肢にしたいと思っているだけです。「自然農で農業をやっている人はごくごく僅かです。でも、こんな考え方で農業をはじめられることを知ってもらいたいし、一般の方にもこうした選択肢があることを示したいという思いです。」
自然農は、新規就農の高いハードルを下げてくれる農業のあり方といえるのかもしれません。