森里海の色
四季の鳥「マガン」

湖沼から沸き立つ群

地元で長く探鳥していても、おそらく一生会うことができない鳥の種類はたくさんいて、時々遠くまで出かけていきます。10月に繁殖地のシベリアからカムチャッカ半島を経由して北海道に渡り、徐々に越冬地に南下するマガンもそうした鳥です。
12月、年の瀬も押し詰まった頃に出かけていくのは宮城県の伊豆沼周辺。日本にやってくるマガンのほぼ8割が越冬する世界的に貴重な湿地で、ラムサール条約に登録されています。彼らは毎年4000キロを飛んで伊豆沼までやってくるのです。
なぜ彼らに伊豆沼がそんなに好まれるのか、それにはもちろん理由があります。まず彼らのねぐらとなる湖沼が彼らを収容できるだけの広さを持つこと、雪が少なく、湖面が結氷しないこと、そして長い越冬期間に彼らが食べる膨大な落ち穂を供給できる田んぼが、湖沼の周辺に広大に広がっていること。これらの必要条件をかなえられる湖はごく限られてくるのでしょう。
マガンの探鳥のハイライトは夜明けと日没です。防寒具を着込み、沼の畔で夜明けと共に周辺の田んぼに採食に一斉に飛び立つマガンの飛翔の時を待ちます。辺りはマガンやハクチョウの鳴き声で充ち満ちています。気の早い連中は暗いうちから湖上で旋回を始めています。日が昇る頃、数万羽のマガンがいくつもの隊列を組みながら次々に飛び立つ様は、まさに鳥肌が立つ情景です。

雁行

夕刻も趣があります。東に見渡す限り冬枯れた田んぼが続き、そのかなたに青く山の端が横たわり、空が薄紅に染まっています。双眼鏡をのぞくと、その空からわき出すかのように幾筋もの群がズンズンと私のほうに向かってきます。月は東の空高く明るさを増し、夕日を雲で隠した沼は黒々と、その上を数万羽のガンたちが鳴き交わしながら渦を巻くように飛び交います。まるで沼全体が沸騰しているかのような錯覚に陥ります。ぜひ一度、この光景を体験していただきたいと思います。

著者について

真鍋弘

真鍋弘まなべ・ひろし
編集者
1952年東京都生まれ。東京理科大学理学部物理学科卒。月刊「建築知識」編集長(1982~1989)を経て、1991年よりライフフィールド研究所を主宰。「SOLAR CAT」「GA」等の企業PR誌、「百の知恵双書」「宮本常一講演選集」(農文協)等の建築・生活ジャンルの出版企画を多く手がける。バードウォッチング歴15年。野鳥写真を本格的に撮り始めたのは3年前から。