森里海の色
四季の鳥「オオヨシキリ」

ヨシ原の行々子

昨年、梅雨の合間の真夏日に、ヨシ原の鳥を観るために利根川沿いの小さな駅に降り立ちました。もう一本、駅前で水を買っておくべきだったかなあ、延々と続くヨシ原沿いの道を歩き出してから少し不安になりました。日陰のまったくないまっすぐな道。歩き出して1時間も経たないのに、体中から汗が噴き出してきました。それでも頭の上をヒバリやセッカが飛び交い、渡る風が気持ちいい。ヨシ原からは絶え間なく騒々しいギョギョシ、ギョギョシの声が聞こえてきました。今回ご紹介する鳥はこの声の主、オオヨシキリです。

能なしの眠たし我を行々子   松尾芭蕉
行々子大河はしんと流れけり  小林一茶
よしきりの声につゝこむ小舟哉  正岡子規
この家のあはれは夜半の葭雀  山口誓子

オオヨシキリは夏の季語。江戸時代から多くの句が詠まれています。上の4句はどれもオオヨシキリの安眠をさまたげるほど鳴きたてる声に関するもので、誓子の句には笑ってしまいました。行々子も葭雀もオオヨシキリの別称です。

葭切

柳田國男に『野鳥雑記』という鳥好きには興味深い本があります。そのなかで柳田はオオヨシキリについてふれ、関東一円ではケェケェシ、静岡ではキャキャス、播磨ではココチン、津軽ではチョチョジ、福岡ではギョギョウシなど、この鳥の鳴き声に由来する呼称と、それとは全く系統を異にするヨシキリ、ヨシワラスズメ、ムギウラシなどの名前が、かつては地方ごとにそれぞれ併存し、変化吸収されながら今日に至ったことを紹介しています。
オオヨシキリはウグイス科の鳥で、全長は18~19センチほど、背面は緑褐色、腹面は淡褐色で雄雌同色をしています。ヨシ原に棲む鳥にオオヨシキリとよく似たコヨシキリという鳥がいます。見分け方は大きく口を開けて鳴いた時に、口の中が赤ければオオヨシキリ、黄色であればコヨシキリと覚えておくとよいでしょう。
私が暮らす関東地方では、オオヨシキリは4月中旬に東南アジアから渡ってきます。先に渡ってくるのは雄で、ヨシ原にテリトリーを確保して、2週間ほど後に渡ってくる雌を今か今かと待ちます。雌は気に入った雄を見つけると、雄と番い、ヨシ原に営巣します。
ギョギョシ、ギョギョシは遅れて到着する雌への雄のラブコールであり、めでたく営巣後も外敵や他の雄からテリトリーを守るための昼夜を問わない雄の戦いの声なのです。

著者について

真鍋弘

真鍋弘まなべ・ひろし
編集者
1952年東京都生まれ。東京理科大学理学部物理学科卒。月刊「建築知識」編集長(1982~1989)を経て、1991年よりライフフィールド研究所を主宰。「SOLAR CAT」「GA」等の企業PR誌、「百の知恵双書」「宮本常一講演選集」(農文協)等の建築・生活ジャンルの出版企画を多く手がける。バードウォッチング歴15年。野鳥写真を本格的に撮り始めたのは3年前から。