町の工務店の「My定番」

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愚直に続けてきた
“ベーシックハウス”づくり

植栽が映える平口ゲストハウス
一目で誰が建てた家かわかる独自のスタイルをもった工務店を顕彰する工務店の「My(マイ)定番(ていばん)」。第二弾の取材は静岡県浜松市を拠点に静岡県西部~愛知県東部にかけて家づくりをおこなっているスローハンドさんです。
シンプルさを身上とするスローハンドらしい家づくりのルーツは、あるシステム住宅にありました。
植栽が映える平口ゲストハウス

平口ゲストハウス:スローハンドの家づくりが具現化されたゲストハウス。低く構えた建物と植栽との距離感からもスローハンドらしさが感じられる。

ルーツは
「フォルクスハウス」

静岡県浜松市は北は南アルプスへと続く山々、東は天竜川、西は浜名湖、南は遠州灘を通して太平洋を望む自然に恵まれた地域です。
一年を通して気候が温暖で、人口が集中する南の平野部では真冬でも雪が降るのはごく稀で、降ってもほとんど積もることはありません。
しかし、冬型の気圧配置が決まると「遠州のからっ風」と呼ばれる西向きの季節風が強く吹くため、体感的には寒さが厳しく感じることもあります。昔ながらの古い民家では敷地の西側に風除けの生垣を植え、軒下まで伸ばすことで寒さを防ぐ工夫がなされ、遠州地方ならではの景観を生みだしていました。
冬は体感的に寒くても陽射しは燦々と降り注ぐことから、太陽の暖かさを室内に取り入れる空気集熱式ソーラーが発祥した場所柄でもあります。
スローハンドのスタッフは、もともと空気集熱式ソーラーシステムが誕生する母体となった工務店に所属していた仲間で、その工務店が倒産したのを機に会社を立ち上げました。そして、もといた工務店で手掛けていた「フォルクスハウス」という企画型の住宅がスローハンドのMY定番のルーツとなっています。

薪ストーブと襖の日本的なリビング

平口ゲストハウス:木と土、紙から構成されるシンプルな内観。

天竜杉と土壁、
尺に置き換えた

フォルクスハウス(以下、フォルクス)とは、1994年にOMソーラー協会(当時)が会員工務店向けに販売を開始した空気集熱式ソーラーを標準装備した企画型住宅でした。
「ベース(母屋部分)」と「ゲヤ(玄関や水回りなど)」で構成されるメーターモジュールによるプランの考え方、集成材と金物、断熱材が充填された壁・屋根パネル、木製サッシなど、部材の種類を限定し、決められたルールの中でさまざまな要求に対応しようというシステム的な思考がフォルクス最大の特徴でした。その人気は結果的に一時的なものでしたが、フォルクスのシステム的思考は工務店の家づくりにも影響を与えました。スローハンドもそんな工務店の一社だったわけです。

染地台の家

染地台の家:総二階の切妻屋根と張り出したゲヤがフォルクスを思わせる。

スローハンドを率いる森田勝明さんは「私たちの家づくりはとにかくシンプルであることを大事にしています。余計なことをしないといったほうがわかりやすいかもしれません。でもそれはフォルクスの考え方そのものだったんです。簡単にいえば、フォルクスを“天竜杉”と“尺”に置き換えただけです。」と語ってくれました。
軒の深い切り妻屋根はそのままに、勾配は集熱を考慮したフォルクスの5寸よりも緩い3寸前後、壁は構造用合板の壁パネルではなく地元の左官屋さんが調合する土壁、建具も地元の建具屋さんがつくる木製建具に置き換えられました。

実用性重視の
田の字型プラン

使う材料こそ地元のものですが、なるべく種類を増やさず、色の選択肢も最低限にしているといいます。そして、今でもプランの基本的な考え方はベース+ゲヤがもとになっているそうです。
「家のカタチやプロポーションを崩さないためにも総二階部分と下屋の設計ルールを厳格に守っています。プランの考え方も基本は民家の田の字型プランなんです。」
時代が変わっても住まいとして必要なサイズ、求める機能はそれほど変わらないのかもしれません。
「私たちがつくる家のプランは結果的にどれも似ていて、自分たちでも驚くほど代わり映えしないんです。かっこよく言うと、愚直にベーシックハウスをつくり続けてきたといえるかもしれません。
あくまでも暮らしの実用性が第一で、気をてらうことは一切やりません。実績の多くは30坪以下の小さな家で、小さくとも広く、気持ちよく暮らせるための手法はかなり極めてきたという自負があるようです。
冬の西風対策として建物の西側にゲヤを出すスタイルも定番となり、建築家の伊礼智さんからも「浜松スタイル」と命名されるほど共通の印象があるようです。
造園を手掛けているハウズの鈴木勝三さんも森田さんが元いた工務店の後輩で、植栽計画にも“型”があるといいます。
「シンボルツリーを植えるような考え方ではなく、建物を引き立てることを重視しています。また、樹種にこだわらず住まい手が自分で緑を増やしていけるような、家の前を通る人が緑を好きになってもらえるような植栽が大事だと思っています。」
緑が身近に感じられるよう、とくに動線に近いところの緑をあえて濃くするような仕掛けを施すそうです。

お茶の間のおとのテラス席

古民家リノベーションしてスローハンドが手掛けた「お茶の間のおと」のテラス。人がいる場所と緑との近さが豊かな暮らしを物語る。

「定番」を守りつつ、
どう広げていけるか

取材後に森田さんから補足としてスローハンドの家づくりの原則のようなものが送られてきました。「シンプルは美しい」「大きな屋根、広い開口部、深い軒」「暮らしをかたちに」「気持ちのよい居場所をつくる」「小さな家で大きく暮らす」というものでした。さらに、そこにいて気持ちがいい→気持ちがいいと愛着が湧く→愛着が湧くと大事にする→大事にすると長持ちする→長持ちすると人にも地球にもプラスになる、あなたが気持ちよく暮らせる家を建てることで、結果として地球環境にも貢献することにつながるのだとお客さまに伝えているそうです。
森田さんはこの話法を“パッシブ5段論法“と名付けています。その一方で、「建物も庭も、ある程度“型”があるからお客さまとの打ち合わせも少なくて済みますし、“型”を気に入ったお客さまと出会うことができていると思います。でも、今後きちんとした組織として体制を整えていくのに、この“型”をどうしようか悩んでいるのも事実です。」自分たちのスタイルでここまでやってこれたものの、変わることの必要性もひしひしと感じているそうです。「定番」を守りながら、どう広げていけるか、町工の工務店との交流からそのヒントが得られることも期待されているようです。

スローハンドの
「My定番」要素

・ベース+ゲヤのプロポーション
・昔ながらの田の字プラン
・西風対策の西側のゲヤ
・3寸前後の南向きの切り妻屋根
・大きな屋根、広い開口、深い軒
・収納・家具は
大工さんの手によるもので設える
・構造材、主な仕上げ材は天竜杉
・内外ともに地元の土壁
・建具屋さんがつくる木製建具
・仕様も建材も種類は少なく
・構造や開口と連続した植栽
・動線の近くに濃い緑を配置
・小さな家で大きく暮らす
森田勝明
森田勝明(もりたかつあき)
スローハンド有限会社代表。工務店設立から「じっくり、ていねいにつくる」を掲げ、少数精鋭のスタッフと共に17年の実績を築いてきた。
空気集熱式の普及に努めたほか、小さなまちづくり「lotsプロジェクト」を手掛ける。
鈴木勝三
鈴木勝三(すずきかつみ)
株式会社ハウズ代表取締役。ガーデンプロデューサーとして活躍し、多くの住宅の造園を手掛けている。「居心地のよい、すこしだけ幸せな場所が住まい手の庭から街にへも広めることが庭づくりの仕事です。」
株式会社ハウズ
〒431-3125 静岡県浜松市東区半田山5丁目25-1
TEL:053-581-9521/FAX:053-401-6520
URL:https://hauss.jp
スローハンド有限会社
スローハンド有限会社
〒434-0041 浜松市浜北区平口1955-1
TEL:053-443-9781
URL:https://slow-hand.co.jp
スローハンド有限会社は2003年に設立されたスタッフ3人の小さな会社です。
最近木の家を建てる方がずいぶん増えてきて、そういう家づくりを始める業者さんも増えてきました。あえて申し上げればスローハンドは流行にのって木の家づくりを始めたわけでは決してありません。
独立する前の会社から考えると、約20数年前から木の家を手がけてきました。
私たちのつくる木の家の特徴をひとことで表すと、シンプルであるということです。
素材はなるべく厳選して家全体に統一感を持たせるようにしています。また建物に構造のルール・設計のルール・施工のルールを設け、それに基づき家づくりをしています。
ですからスローハンドの家はどれひとつ同じ家はないのですが、どこか同じ空気感を持った住まいになります。いい家に共通する空気感は間取りや素材の取り合わせで生まれるものではなく、ある法則から生じるものです。
会社スタッフは3人ですが、いつもタッグを組んでいる外部スタッフがおり、設計や施工についてだけでなく、土地探しや外構・植栽工事、インテリアの提案などもそのスタッフとの連携で対応しております。想いをこめた対応を一丸となって行っております。