まちの中の建築スケッチ

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川村記念美術館
——企業の社会貢献の建築——

川村記念美術館

千葉県も県の中央部分の自然の残されたところに素敵な美術館がある。昨年末に訪れたホキ美術館は、新しい団地の一画で昭和の森公園に隣接した地に、個人のコレクションを展示する空間として作られたものだ。その北方、それほど離れてはいない佐倉市に入ったところに、1990年オープンの川村記念美術館がある。DIC(元大日本インキ)の二代目社長・川村勝巳(1905年-1999年)のコレクションのための美術館である。DIC研究所の敷地を利用して庭園を望む地に建てられたもので、川村と中学校同級生の建築家海老原一郎(1905-1990)の設計による。

筆者が大学院修士課程の在籍中、構造設計者になることを希望しており、竹中工務店の面接を受けた。「どのような建物を見て構造設計をやろうと思ったのか」との質問に答えて、六本木のIBM本社ビル(設計:日建設計)と日本橋のDIC本社ビル(設計:海老原一郎)を上げたことを覚えている。当時の鉄骨構造建築として代表格であったと思う。後で確認したら、いずれも竹中の設計ではないことを知り、事前に竹中の設計の建築を用意しておくべきだったと反省した。残念ながら、もはや両方の建築とも取り壊され、今はない。

正面の2つの円筒は、シンボリックで農村のサイロを想起させる形をしている。あるいは、かつてエディンバラ大学に留学中に訪れた、フランスの城壁都市のカルカッソンヌの姿を思い浮かべたりもした。おしゃれな円錐屋根を載せている。パンフレットによると、川村と海老原の友情の表現であり、また作家と鑑賞者の出会いの表現でもあると言われる。訪れた日は、美術館の企画の準備中で内部空間を体験することはできなかったが、御影石張りの壁面は、起伏のある庭園の中にあって、しっくりとなじんでいるように感じられた。四角い平面の部分には、円弧屋根が載っている。両方の屋根ともに緑青色をしており、銅板葺きなのであろう。庭の随所にある彫刻も、それぞれの雰囲気を出している。入口近くには、宮城県美術館の別館佐藤忠良記念館で知った、佐藤忠良の作品「緑」にもお目にかかれた。

DICともなれば、化学製品を作っている訳であるが、その研究所の敷地に、自然が保全されている。社会貢献事業として、佐倉市のために無料で庭園を開放し、美術館を運営している。空間の一部ではあるが建築の占める意味も少なくない。社会資産としての建築を味わえるという言い方もできる。レストランや休憩所も気持ちよいスペースになっている。庭を眺めながら頂いたパスタも何種類ものオードブル付きで美味しかった。美術館が閉館中でも人気があり、予約で来る人も少なくないようだ。都内の古くからの大型ホテルは、気持ちよい庭園を有しているが、それも少しずつ削られている印象がある。東京都内や大阪市内に本社を置く世界に冠たる大企業には、これほどの規模でなくても良いので、これからは、このような社会貢献事業を期待したいものだ。

著者について

神田順

神田順かんだじゅん
1947年岐阜県生まれ。東京大学建築学科大学院修士修了。エディンバラ大学PhD取得。竹中工務店にて構造設計の実務経験の後、1980年より東京大学工学部助教授のち教授。1999年より新領域創成科学研究科社会文化環境学教授。2012年より日本大学理工学部建築学科教授。著書に『安全な建物とは何か』(技術評論社)、『建築構造計画概論』(共立出版)など。