森里海の色
四季の鳥「アトリ」
大群で飛来する集鳥
昨年暮れ、初めて九州に鳥見に仲間と行ったときのことです。早朝、諫早干拓地周辺を車で回って鳥を探していると、すぐ横の田んぼから黒い塊がものすごい羽音を立てて飛び上がり、車の前をさえぎったかと思うと、塊はひるがえりながら近くの電線に次々に止まりました。電線は揺れ、たちまち鈴なりの状態になりました。私たちはしばらく呆然としていました。黒い塊の正体はアトリの大群でした。
アトリが何千羽、何万羽の大群をつくる鳥だということは本や新聞の記事を読んで知っていましたが、頭で知っている情報と体験とでは大違い。このとき初めてアトリという鳥の習性がわかった気がしました。
『大言海』にはこの鳥の名の由来として、大群をつくる鳥という意味の集鳥が略されたという説を紹介しています。また『万葉集』には防人の歌として、
国廻るあとりかまけり行き廻り帰り来までに斎ひて待たね
(国を廻るアトリ、カモ、ケリのように私も廻るが、私が帰ってくるまでどうか身を清めて待っていておくれ)
が詠まれています。アトリが古くから日本で知られていた鳥であることは間違いないようです。
アトリはユーラシア大陸のタイガ地帯に広く繁殖し、秋になると南下して中国、朝鮮半島、日本に越冬するスズメより少し大きな冬鳥です。黒っぽい少しおむすび型の頭と胸の鮮やかなオレンジ色が特徴です。飛来当初は山地で木の実を食べていることが多いのですが、次第に平地の耕地や都市公園で地上に降りて草の種子や穀類を食べているのを見かけるようになります。西日本で多く見られますが、ここ数年、私が住む神奈川県の公園でも見ることが珍しくなくなりました。群で飛ぶときはキョキョと鳴きあい、枝の上でジュイーンと鳴くこともあります。4月、雄の頭の黒が目立つようになる頃、繁殖地に移動していきます。
この鳥もすでにツグミの項でご紹介した藤村の『夜明け前』に何度も出てくる鳥です。
木曽の大平村では毎日3千羽ものアトリが鳥網にかかり、アトリ30羽と茶漬け3杯を食べれば褒美にもう30羽をもらえるという吉左衛門と金兵衛の思い出話のなかに登場します。諫早での光景を体験して、小説のなかの維新前後のエピソードにも少しリアリティを感じることができるようになりました。