森里海の色
四季の鳥「ミソサザイ」

谷筋に響き渡るラブコール

4月下旬、富士山麓に探鳥に行ったときのことです。林道を車で1合目から3合目まで上がっていくと、木々の色が段々と薄くなり、季節が過去に1週間、また1週間と遡っていくような感じがします。谷筋からツリリリリとよく響く鳥のさえずりが聞こえてきました。ミソサザイという鳥の声でした。
前回、ご紹介したオオルリが渓流沿いの高い梢でさえずる鳥であるのに対して、ミソサザイは渓流沿いの谷筋で美声を披露してくれる鳥です。谷筋全体に響き渡るほどよく通るさえずりですが、このミソサザイ、日本で一番小さな部類の鳥なのです。全長はわずか11センチしかありません。全身が茶褐色なので、薄暗い谷筋の倒木や枯れた落葉のなかではまったくの迷彩色。さえずりがすぐ近くで聞こえていてもなかなか姿を探し出せないことが度々です。見つけられないで諦めかけたとき、目の前から飛び去ったなんてこともよくあることです。
ミソサザイの「サザイ」は小さい鳥を指す「さざき」という古語が転じて、溝(谷筋)の「さざき」が名前の由来だという説があります。

三十三才、巧婦鳥

ミソサザイの仲間は世界に約60種いますが、日本にいるのは1種類のみ。山地の湿った林で繁殖し、冬には山麓の渓流沿いの林に下りてきます。繁殖期は5~8月で、雄は営巣のみをおこない、抱卵と育雛は雌のみがおこなう一夫多妻制の鳥です。ミソサザイの雄は繁殖期に入ると、谷筋の崖地や大木の根元などにコケや獣毛を利用して球形の巣を複数つくり、さえずって雌を誘います。
ミソサザイのさえずりは何度見ても、いとおしくなるほど魅力的です。周囲より少し高い枯れ枝に止まり、短い尾を上げて上方に向かって右に左に頭を動かしながら全身全霊をかたむけて雌に呼びかけます。このときばかりはミソサザイから元気をもらい、林道を登ってきた疲労も一気に吹き飛んでしまいます。

著者について

真鍋弘

真鍋弘まなべ・ひろし
編集者
1952年東京都生まれ。東京理科大学理学部物理学科卒。月刊「建築知識」編集長(1982~1989)を経て、1991年よりライフフィールド研究所を主宰。「SOLAR CAT」「GA」等の企業PR誌、「百の知恵双書」「宮本常一講演選集」(農文協)等の建築・生活ジャンルの出版企画を多く手がける。バードウォッチング歴15年。野鳥写真を本格的に撮り始めたのは3年前から。