はじめてのこよみ暮らし
七十二候をはじめて過ごす「家族」の記録
中秋の名月
住まいマガジンびお編集部はお昼休みです。
しほ ごちそうさま。いっぱい食べたー。
太郎 ごちそうさま。編集長、そういえば今日は中秋の名月を拝む日ですね。
しほ そうね、でも天気予報だと夜は曇りの予報だけど。あ、そうそう。この前、月見団子をつくったときに私たちはススキを飾ったけどお月見に秋の七草を飾る人もいるみたい。
太郎 秋の七草を? それってなかなか難しいですね。藤袴は準絶滅危惧種、桔梗にいたっては絶滅危惧種ですよ。そこらへんにはもう生えていません。
しほ お花屋さんで買うんじゃないの? 誰もがそこらへんで草花を摘んでくるわけじゃないよ。
太郎 なるほど。
秋の七草
太郎 ところで編集長、秋の七草をぜんぶ言えますか?
しほ えーとね。せり・なずな・ごぎょう・はこべら……。
太郎 ちょっと、ちょっと。それ春の七草ですよ。
しほ あれ、そうだっけ?
太郎 秋の七草は「はぎ・ききょう・くず・ふじばかま・おみなえし・おばな・なでしこ」です。
しほ そんなの誰が決めたの?
太郎 奈良時代の歌人・山上憶良という人が七種の花として
芽子の花尾花葛花罌麦の花女郎花また藤袴朝貌の花
という和歌を作り、以降これら七つの草花が秋の七草として定着しました。1200年以上前の話ですね。
しほ 和歌なのに五七五七七じゃないんだね。
太郎 よく気づきましたね。旋頭歌という、和歌の原型とも言われる古い和歌のかたちですよ。
しほ それに、あさがおの花って8月くらいに咲くから、夏じゃないの?
太郎 暦の上では8月上旬から秋なんですよね。あとこの朝貌の花は桔梗の別名ともいわれています。
新・秋の七草
太郎 秋の七草は1200年前の人が決めたものでした。さすがにそれは古いだろうと昭和10年に東京日日新聞社が当時の名士に依頼して新・秋の七草を選びました。
コスモス 菊池寛
白粉花 与謝野晶子
秋海棠 永井荷風
雁来紅 長谷川時雨
菊 牧野富太郎
曼殊沙華 斉藤茂吉
赤のまんま 高浜虚子
しほ 赤のまんまって聞いたことないや。
太郎 赤のまんまはイヌタデの別名ですね。雁来紅は葉鶏頭とも呼ばれています。
しほ 山上憶良の秋の七草とだいぶ違うね。
太郎 そもそも山上憶良もほぼ個人的な趣味で選んでいます。詩人の佐藤春夫も「からすうり ひよどり上戸 あかまんま かがり つりがね のぎく みずひき」と個人的な趣味で選んでいますし、その他にも植物学者やフラワーアーティストのマミ川崎さんが独自の秋の七草を選んでいます。誰でも自分の好きな秋の七草を選んでいいんです。
びお秋の七草を選ぼう
しほ そっかー。秋の七草って自分で決めていいんだ。
太郎 というわけで、私たちも野に出てびおの秋の七草を決めてみましょう。
しほ ふぇ~。
昼休みが終わると、しほと太郎は車で10分ほどの距離にある公園へ出かけました。
しほ どこ、ここー。
太郎 さっき言ったじゃないですか。浜松市南区の安間川沿いにある飯田公園です。浜松緑化推進センターとも呼ばれるほど植物が多いんですよ。
しほ うーん。歩いてみると園芸用の草花が多いような。
太郎 荻とか赤のまんまは時季が終わっているみたいですね。
しほ 野草という感じがしないから天竜川の河川敷へ行こう!
太郎 はい。
二人は5分くらいで天竜川の河川敷につきました。
しほ あんまりぱっとしないねー。もっと川辺だったら植物がいっぱいあると思ってた。
太郎 探せばあるものですよ。ほら、露草です。
しほ ちっちゃいけど青くてかわいい。
太郎 蛍草なんて別名もあります。では、これをびお秋の七草第一号にしましょう。
しほ もう第一号。じゃあ、あの白い花はなんて花だろう。
太郎 野菊ですね。七草第二号です。
河川敷を出て、工事現場の横の空き地に花野がありました。
しほ ここ、たくさん咲いているね。
太郎 花野、という風情ですね。
しほ あ、コスモス。
太郎 鮮やかですね。七草の第三号ですね。
しほ この濃い赤の花は何だろう。
太郎 あのビロードのような花ですか?
しほ そう。あの面白い形の。
太郎 鶏頭ですね。正岡子規の俳句「鶏頭の十四五本もありぬべし」で有名です。第四号認定で。
しほ もう四つも。あ、これ猫じゃらし、これはさすがに地味だね。
太郎 猫じゃらし、別名狗尾草ですか。ススキや赤のまんまも七草や新七草に入っているんですから、これを七草に入れるのも一興でしょう。第五号です。
しほ どんどん決まっていくね。
太郎 こういうのはスピード感が大事ですから。
続いて、二人は30分くらいで浜松市中区の蜆塚公園に移動しました。住宅街にある、ちょっと大きな公園です。貝塚には貝殻が散らばり縄文時代後期の家が復元されています。住まいマガジンだから縄文時代の家も扱わないとね~なんて話していると。
しほ あ、花。この白い花は何て名前かな。
太郎 これは仙人草ですね。永田昌民さんの自邸の庭でも見たと思います。
しほ そういえば、そうかも。
太郎 では七草の第六号ですね。
そのときです。
しほ あれ、なんだろう。
太郎 え、どれですか?
しほ ほら、あのフェンスの先に。
しほは公園の隅を指さします。太郎は思わず目を細めました。
太郎 これは、これは。迷わず七草の第七号、ですね。これにて、びお秋の七草、完結です。
さて、しほと太郎が選んだびお秋の七草。そのトリをかざる第七号は何だったと思いますか?
最後までお読みいただいたみなさんもそれぞれの家の、あるいはそれぞれの地域の秋の七草を選んでみてはいかがでしょう。いつもと違う秋が、見つかるかも。
スペードのエースが来ない秋の草 林甲太郎