森里海の色
四季の鳥「オオジュリン」

ヨシの茎を割る小鳥

私が毎年この時期必ず訪れる探鳥地に渡良瀬遊水池があります。栃木県、群馬県、埼玉県、茨城県の4県にまたがる広大な湿地帯で、2012年にラムサール条約に登録された野鳥の楽園です。
渡良瀬と聞いて足尾鉱毒事件を思い起こす人は少なくないでしょう。1905年、古河鉱業足尾銅山の鉱毒被害が大きくなり、農民たちの鉱毒反対運動が盛り上がると、政府は谷中村全域を買収し、渡良瀬川に思川、巴波川が合流する湿地帯を堤で囲み、そこを鉱毒を沈殿させるための遊水池にしました。当時、田中正造は鉱毒反対運動の中心地だった谷中村を廃村にすることにより運動の弱体化を狙ったものだと指摘しました。遊水池には当時の谷中村役場跡地が史跡となっており、私は必ずそこに立ち寄ることにしています。
遊水池は広大で、とても一日で歩き回れる広さではありません。ヨシ原には幅4メートルほど切り開かれた道がどこまでも続き、道の両側は2.5mほどの高さのヨシが壁のように視界を塞いでいます。耳をすますと風にそよぐヨシのサラサラという音に、ここにくらす鳥たちの地鳴きも聞こえてきます。ホオジロ、カシラダカ、オオジュリン、シジュウカラ、ツグミ。ヨシ原にはたくさんの鳥たちがいるのですが、道に姿を現していた鳥たちも私の歩みに合わせて次々にヨシの茂みに姿を隠してしまいます。
この日、私が特に見たかったのはオオジュリンという鳥です。河川敷や遊水池などのヨシ原にくらす鳥で、東北以北の湿原で繁殖し、主に本州中部以南の湿地帯で越冬します。私が住む神奈川県にも10月下旬に飛来し、翌年4月中旬まで滞在しますが、県下のヨシ原の減少から最近はなかなか見ることができなくなりました。

大寿林

オオジュリンの雌雄は夏羽では雄の頭は黒く、頭に黒みのない雌との違いはわかりやすいのですが、この時期の冬羽では雌雄の違いがわかりにくくなります。それでも摩耗した冬羽の下から覗いている耳羽や喉下辺りの黒の模様で識別することは可能です(トップ画像/雄、下/雌)。
しばらくヨシ原のなかに佇んでいると、近くでパキパキとヨシの茎を割る音が聞こえてきました。オオジュリンはヨシの茎を登りながらさかんに茎の中に嘴を差し込んでいます。ヨシの皮を一皮剥くと、そこにはカイガラムシという脚も目もない茶色で扁平なおかしな昆虫が張り付いていて、口吻をヨシの茎に差し込んでくらしていますが、どうやらオオジュリンはこのカイガラムシの出す白い排泄物を舐めとっているようなのです。
キラキラと光り織りなすヨシ原の中に半日佇んで、幸せな思いで鳥たちを観察していると、渡良瀬の100年の時間の流れを感じずにはいられません。

著者について

真鍋弘

真鍋弘まなべ・ひろし
編集者
1952年東京都生まれ。東京理科大学理学部物理学科卒。月刊「建築知識」編集長(1982~1989)を経て、1991年よりライフフィールド研究所を主宰。「SOLAR CAT」「GA」等の企業PR誌、「百の知恵双書」「宮本常一講演選集」(農文協)等の建築・生活ジャンルの出版企画を多く手がける。バードウォッチング歴15年。野鳥写真を本格的に撮り始めたのは3年前から。