季節をいただく
胡桃と林檎の蜜煮
信州梓川にお米を届け、その足で呼ばれるままに安曇野の松川村を訪ねる。お茶うけに赤カブのお漬物と薪ストーブで焙じられた鬼胡桃の美味しいこと。売られている大粒で殻の割りやすい菓子胡桃とは違い実も小ぶり、収穫もベタベタして扱いにくく、とても固い殻に守られている。時折、川沿いの鬼胡桃の実を少し持ち帰るが手間ひまかかり、食べることのできる仁(種)もほんの少し。また、割れない上に取り出しにくいため、竹の楊枝で遺跡を発掘するかのように沈黙の時間が流れる。薪ストーブで火入れされた鬼胡桃は野性味あふれ、丁寧に二つに割られて積まれている様子から、大切にされていること伝わり、味わいも深くなった。
静かに炎がゆらめく薪ストーブの鍋からは、ほのかな湯気に覚えのある甘酸っぱい香り。リンゴを刻み木綿の濾し布で絞った汁を煮て蜜にしているとのこと。できあがった蜜をひとさじ口にした瞬間、透き通った甘さが駆け抜け、リンゴを育んだ大地と空の余韻が、からだに残る。薪ストーブの上で焙じられた胡桃との林檎の蜜煮。寒さ極まる時期に、薪の炎と冬を越すための食の工夫。松川村に先人を訪ねること10年余り、お漬物、甘酒、蒟蒻、山羊の乳搾りにチーズなど、季節折々に多くの知恵を授かった。帰り際に、籠に山盛りの鬼胡桃とリンゴ2箱、約100個を頂いた。道すがら寄った先では、赤カブ100個に、冷凍庫も。車は満載になり、わらしべ長者のような気分で安曇野を発った。
リンゴ、赤カブとも、形や大きさ、傷などで市場に出回らない規格外の品。遠州浜松の里山でも時折、ミカンや大根が積まれ「ご自由にどうぞ」と書かれている。身に余る量のリンゴと赤カブを保存する術を考えた末、寄り道を決め駒ヶ根インターで中央道を降りた。先は南信州飯島町の小蕪亭。冬季は休業しているので電話を入れると快く迎えて頂いた。小蕪亭にはカフェとギャラリーがありコンサートや展覧会で20年ほど通っている。大きな厨房と薪ストーブもあり常に火がある。夕食には赤カブのお漬物、信州では定番のようで10キロ単位で仕込むとのこと。翌朝、リンゴを刻みミキサーに指先が冷えて動きがままならないため、濾し布で搾るのはあきらめてザルで濾す。約60個で平鍋にあふれるほどに、薪ストーブに並ぶヤカンの横に置いた。後は一昼夜、薪の炎と時間におまかせして、お日様があり山道が凍る前に治部坂峠を越えて浜松に戻った。
数日後、小蕪亭からの包みに瓶詰の蜜煮。できあがった瓶ごと煮沸してあるので、常温でも日持ちするとのこと。楽しみは待ちきれずに瓶の蓋を開け、小さな匙にほんの少し口に運ぶと、薪ストーブの炎が浮かんだ。ご近所の薪ストーブは隣町、新城のカフェ爾今。酵母を小麦でおこしパン生地と語らいながら焼き上げた塩パンもある。焼きたての塩パンにリンゴの蜜煮。淹れたての珈琲の香りと薪ストーブのはぜる音。集う人々の溢れる笑顔に満たされた午後のひととき。