季節をいただく

浜名湖お海苔

満月過ぎた大潮の干潮に合わせ、浜名湖の今切口に寄る。五百年余り前、地震と津波で浜名湖が海と繋がった切れ目。潮の流れは早く透明度もあるので、ワカメが採れればと水面に降りる。すでに潮が満ちはじめ、竿が届くか微妙な所にワカメはゆれる。少し無理をすれば採れそうに思うが、風も強く足元の不安もあり見送ることにした。安全第一。

浜名湖今切

波止の釣り人がマダコを釣り上げ、手早く絞めてワタをさばき海に返していた。その水バケツの中には、ワカメがメカブごと入っている。聞いてみると、船で出て採ってきたとのこと、そして、釣り上げたばかりのマダコを差し出された。ありがたく頂き、頭の中ではタコとワカメで一品できあがった。塩もみしてヌメヌメ取って、足の先からクルクル茹で上げて、ユラユラ湯通ししたワカメとともに酢の物。なれば再びと、ワカメを求めて、前回に新月に合わせて採った所へ行くが、潮位が上がって長靴では入れず。あきらめきれず湖岸をしばらく散策。

蛸

温かい日差しに風裏の石垣に腰掛けると、竹杭で支え張られた海苔網の間に、シラサギが舞い降りた。波ひとつ無い水面を、抜き足、差し足、首を縮めた次の瞬間には、くちばしに小魚が躍る。その上を、二羽のツバメが、さえずりながら右に左に飛び交い、沖のは潜ったり顔を出したりを繰り返す。満ちつつある潮にのって、足元に桜の花びらが流れ、下に動く魚影は、尺をゆうに超え、お腹が膨らんだキビレ。チヌと同じく乗っ込みかと思ったが、キビレの産卵期は秋のはず、表情まで見えるくらい近い浅瀬を悠々と泳ぎ去った。

海苔網と白鷺

水辺の移ろいは面白い。時の過ぎるのも忘れてしまう。湖面に広がる海苔網を眺めていると、お海苔を炙った香りと食感が浮かび、タコとワカメの酢の物も忘れ去った。帰りに寄った先で、久しぶりに会った子どもは、口をとがらせてクネクネ動いている。その姿はタコ踊りそのもの、聞くとタコは好物とのことで浜名湖のタコを託した。

海苔網

新タマネギに人参、舞茸、舞茸農家で頂いた春キャベツ、ざっくり切って蒸し炒め、塩ひとつまみと柿酢をひと回し、そして、頂きものの、浜名湖の混ぜ海苔の封を開け、遠火で軽く炙ると鮮やかな緑色に。火を入れすぎると苦みが走るので手早く済ませ、香りとともにバリバリもみ散らしてできあがり。

海苔

浜名湖に約二百年余り続く海苔づくり、混ぜ海苔は、ぶち海苔とも呼ばれ、浜名湖の青いお海苔のヒトエグサと三河湾の黒いお海苔のスサビノリを合わせたもの。ヒトエグサは一重の草、薄く柔らかく香りも良いため、生海苔を汁物に浮かべても、佃煮にしても美味しく、晩秋から春まで楽しめます。春ワカメの旬も過ぎつつあり、アサリの潮干狩りの時期を迎える浜名湖。幾千、幾万もの、いのち育むゆりかごです。

浜名湖

海苔:ヒトエグサ(浜名湖)、新タマネギ・人参:ひかり農園(篠原)、舞茸:山本舞茸(三方ヶ原)、柿酢:自家製(井伊谷)、山の塩:湧き水(大鹿村)。器:鈴木麻起子( La Maison de Vent )

著者について

中小路太志

中小路太志なかしょうじ・ふとし
大和川が育む河内生まれ。幼い頃は田畑に遊び、野菜の虫取り、薪割り、風呂焚きに明け暮れ、炎と水を眺めて過ごす。潮騒、やまびこ、声など、耳に届く響きに趣き、コンサートホールの建築や音楽、舞台、展示制作に携わる。芸術と文化の源を求め、風土や人の営みから、言葉とからだ、食と農に至る。食べることは、天と地と人が繋がること。一粒の種から足るを知り暮らしを深める生活科学(家政学)を看護学校にて担当。天竜川流れる遠州在住。