季節をいただく
山椒と醤油麹
満月のもと一面に漂う甘い香りは柑橘。甘夏、八朔、ポンカン、レモン、清見にネーブル、そして青島。月の光に淡く浮かぶ小さな白い花から、身体にまとわりつくほどの濃密さ。浜名湖の周りはクヌギやコナラ、シイなど、ドングリの花も咲き乱れ、香りの海を泳いでいるかのよう。月の力に引き上げられ大地の水を吸い上げる木々の勢いに、山は緑濃く深まる。日が長くなるにつれ、小さな虫たちは盛んに飛び交い、見えない菌類の動きも活発になる。幾日か過ぎた雨上がりの朝、みかんの花びらは落ち、雌しべの根元に小さな青い実がふくらみはじめていた。
できたての白米麹が届いたので醤油と混ぜて醤油麹に。真っ白な麹の塊を軽く摘まむと少しの湿り気を残し、ポロポロと簡単にほぐれる。ひとかけら口に運ぶと、生きている麹ならではの香りと、お米らしい甘さ。麹菌が蒸し米の隅々まで行き渡り良い仕上がり。一粒一粒ばらばらにしてガラスの器に移し、空気に触れる面が大きいように浅くひろげる。天然醸造の丸大豆醤油を麹が浸かるくらいまで流し入れ、息ができるように軽く蓋をかけた。翌朝、膨らんだ麹が頭を出していたので醤油を継ぎ足した。毎朝、木の匙や箸で、軽く混ぜて空気を入れる。透明なガラスの容器は中の様子がよく見え麹菌のご機嫌がうかがえる。麹菌に声をかけながらの天地がえしで香りと味を確かめる。三日目の朝、早くも醤油の香りに甘さが混じる。醤油を含んだ麹を一粒、口に運ぶと、舌に触れた数秒後には、お腹がゴロゴロ動き出した。食べ物はスイッチ、身体は素直に応える。甘い香りと味、プクプクと麹の声がきこえれば出来上がり。麹や醤油の割合にもよるが、みかんの花の頃なら八日前後が目安、暑くなるほど早い。
鳳来寺山表参道にある旧門谷小学校のスーク(市場)に立ち寄り、子どもたちと森の散歩へ。木漏れ日の山道を裸足で登りながら、草団子のヨモギの香り、青く強い香りは山椒、枝から2本のトゲトゲも触れてみる。藤の蔓はブランコやターザンロープに早変わり、手足の擦り傷もかまわず好奇心のまま遊ぶ子供たち。おやつのお団子とお茶に満足し、ただいまと校庭に戻る声が谷に響いていた。
帰り道、水汲みに寄った山にて山椒の若葉を摘み採った。出来上がった醤油麹を小瓶に分け、そのひとつに山椒の葉を数枚入れると、翌日には香りが移った山椒醤油麹の出来上がり。瓶ごとに、生姜、ニンニク、パクチーなど好みのものを入れて保存。使い方もいろいろ、小蕪や人参に一匙からめて数時間でお漬物。胡麻と擦り合わせてお餅に。お酢や柑橘、油と合わせて素麺やサラダに、初夏に活躍する醤油麹です。
山椒:奥三河新城。白米麹:あさのは屋(遠州浜松)。醤油:天然醸造丸大豆 (栄醤油、遠州横須賀)