森里海の色
木版画が彩る世界「ヤマザクラ」

春分の版画は「山桜」、花と葉が同時にひらきます。
花の色も葉の色も、樹によって違う、その野趣が魅力のひとつです。


 
「桜の開花宣言」が聞こえはじめた。今年は東京の開花が例年より9日早かった、と報じられている。
気象庁の「開花宣言」は、沖縄・奄美を除けばすべてソメイヨシノを標本木としている。東京のそれは靖国神社にあって、この時期になると、きっとあの人が観測員ではないか、という人が、標本木のまわりでソワソワしているらしい。

漢字で書けば染井吉野、という字面から、一見吉野の桜のようだけれど、吉野の山桜にちなんで東京(江戸)の染井村の人たちが生み出した桜だ(当の吉野も、気象庁の観測による標本木にはソメイヨシノが用いられている)。

園芸種であるソメイヨシノは繁殖能力を持たず、みな同じ遺伝子のクローンだから、標本木から開花状況を推測するのもやりやすいのだろう。けれど、遺伝的多様性がないということは、ときに恐ろしいことを引き起こす。

桜の話ではないけれど、過去にこんな事件があった。
19世紀中頃、アイルランドでの「ジャガイモ飢饉」である。もともと南米の高地が原産のジャガイモは、寒い場所でもよく育つから、ヨーロッパにも移入されていた。農業のジャガイモ依存率が高かったアイルランドで、ジャガイモの疫病が流行した。

栽培されていたジャガイモの品種は少なく、つまり遺伝的多様性が少なかった。だから多くが同じ病気にかかって、壊滅的な被害を受けたのだ。「ジャガイモ飢饉」は、単なる不作を指すのではない。その不作にもかかわらず、政治的な問題でイングランドへの食料輸出が続き、結果としてアイルランド人口の2割とも言われる人が亡くなった。

ソメイヨシノに何かあっても、飢饉が起こることはないだろう。けれど、もし一斉に壊滅的な何かが起こったとき、桜依存症の日本人はどうなってしまうのだろう。

文/佐塚昌則