山口由美
2021年08月01日更新

仙之助編 四の十二

牧野富三郎は、神風楼の主人、山口粂蔵に気に入られ、好待遇で迎え入れられた。

通りを異人が行き交い、物珍しいものを扱う商店が並ぶ、横浜の居留地ならではの独特の雰囲気が何より気に入ったようだった。

横浜に滞在していた仙太郎が実家に戻ることになった日の前日、ヴァンリードは仙之助と仙太郎を伴って、仙台藩の足軽の息子たちが英語の稽古をしている宣教師を訪ねた。

もともと彼らは、ジェームス・カーティス・ヘボンの夫人が開いたヘボン塾で学んでいたが、一八六六年のこの頃、ヘボン夫妻が上海に旅立ったことで、同じ宣教師のジェームス・ハミルトン・バラの夫人がヘボン塾を引き継いでいた。

バラ夫人は、ヴァンリードの姿を見ると、にっこり微笑んで言った。
How are you doing ? (いかがお過ごしでしたか)」
Very well (元気ですよ).May I introduce my students (私の生徒を紹介してもよろしいですか)」

ヴァンリードの思いがけない返答に仙之助と仙太郎は驚いた。
Oh my god, You have also your students (まあ、あなたにも生徒がいらっしゃったのね).Yes, of course (もちろんですとも)」

バラ夫人の教室には二人の少年が並んで座っていた。

ヴァンリードが仙之助と仙太郎を紹介すると、バラ夫人も少年たちを紹介した。
He is Rocky, and he is Ricky (彼はロッキー、こちらはリッキーよ)」

いずれも英語のレッスン用にバラ夫人が命名したニックネームだった。

仙之助は、リッキーと呼ばれた少年の顔に見覚えがあった。
「あっ……」

小さく声を上げたのは、顔と記憶がつながったからだった。

当時、港崎遊郭で、異人相手の女郎に悪戯をする者がいると噂になっていた。突然、目の前にあらわれては、髪に挿したかんざしや櫛を抜いて捨ててしまう。彼女たちが仰天して逃げ惑うのをはやし立てて笑う。その悪戯小僧が目の前にいた。

女郎たちから慕われていた仙之助は、そいつがどうにも許せなかった。

その許せない相手が、自分が願っても叶わなかった英語の稽古をしている。相手は仙之助の素性や顔は知らない様子だった。

少年たちは、英語のやりとりをただ黙って聞いていたが、仙之助は口火を切った。
How do you do ? (はじめまして)」

仙太郎も後に続いた。
It’s pleasure to meet you (お目にかかれてうれしいです)」

慌てて挨拶を返した少年たちの驚いた顔を見て仙之助は少し満足した。

ロッキーの本名は鈴木六之助、リッキーの本名は高橋是清(たかはし これきよ)。年下の是清は大柄な体つきだが、仙之助の三歳年下の十二歳だった。後に内閣総理大臣となる高橋是清である。

高橋是清

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著者について

山口由美

山口由美やまぐち・ゆみ

1962年神奈川県箱根町生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。海外旅行とホテルの業界誌紙のフリーランス記者を経て作家活動に入る。主な著書に『アマン伝説 創業者エイドリアンゼッカとリゾート革命』『日本旅館進化論 星野リゾートと挑戦者たち』『熱帯建築家 ジェフリー・バワの冒険』など。

この小説について

著者・山口由美からのメッセージ
思えば、物書きになりたいと思った原点が、出自である富士屋ホテルの存在だったかもしれません。高校生の頃、母の従姉妹に当たる作家の曽野綾子に、このテーマは書かないでほしいと懇願した過去を恥ずかしく思い出します。彼女自身の処女作『遠来の客たち』の舞台もまた、富士屋ホテルでした。
そして最初の単行本『箱根富士屋ホテル物語』が生まれたのですが、本当に自分が書きたいものはまだ完成していない、という想いを長年持ってきました。
小説は2000年代前半に何篇か商業誌に発表したことはありますが、久々の挑戦になります。いろいろと熟考しましたが、ノンフィクションノベルというかたちが、最もふさわしいスタイルだと思うに至りました。物語の種は無限にある題材です。長い連載になるかもしれません。
おつきあい頂ければ幸いです。

住まいマガジン びお