山口由美
2021年10月24日更新

仙之助編 五の九

外国人居留地のはずれにある倉庫のような建物がユージン・ヴァンリードの仮住まいだった。外壁が少し焦げていたが、延焼は免れたものらしい。

ヴァンリードの倉庫(想像)

ジョンと名乗る異人と共に大八車を引いてあらわれた仙之助を見ると、ヴァンリードは相好を崩した。
「センノスケ、タッシャデアッタカ」
Yes,I am fine. (はい、元気でおります)」
「ジンプウロウモヤケテシマッタナ。オマエノチチハタッシャデオルカ」
「はい、おかげさまで」
「センタロウハ、タッシャデオルカ」
「……」
「ヤマイガワルイカ?」

仙之助はうつむいたまま、首を振った。
「仙太郎は……」

いいかけたまま、言葉に詰まって、涙があふれてきた。ヴァンリードはその表情をみて事情を察したようだった。二人の間にしばしの沈黙が流れた。
「センタロウハ……、Is he in heaven (天国にいるのか)?」
Heaven? 」

仙之助が聞き返すと、ヴァンリードは答えた。
「ゴクラク……、ゴクラクジョウドノコトダ」
「極楽浄土……」

小さくうなずいた仙之助にヴァンリードは意外なことを言った。
「オマエモ Heaven ニイクカ?」
「えっ、死ねと、切腹せよとおっしゃるのですか」
NO、NO、 ハラキリデハナイ」
What do you mean? (どういう意味ですか)」
「コノヨノ……ゴクラクジョウドダ」
「この世の極楽浄土?」
「イカニモ。センタロウハ、アノヨノゴクラクジョウド、センノスケハ、コノヨノゴクラクジョウド」
Where is my heaven (私の極楽浄土はどこにあるのですか)?」
Beyond the sea (海の向こうだ)」
「メリケンですか?」
「メリケンデハナイ、Hawaii だ」
Hawaii? 」
「イカニモ」

次回更新日 2021年10月31日

著者について

山口由美

山口由美やまぐち・ゆみ

1962年神奈川県箱根町生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。海外旅行とホテルの業界誌紙のフリーランス記者を経て作家活動に入る。主な著書に『アマン伝説 創業者エイドリアンゼッカとリゾート革命』『日本旅館進化論 星野リゾートと挑戦者たち』『熱帯建築家 ジェフリー・バワの冒険』など。

この小説について

著者・山口由美からのメッセージ
思えば、物書きになりたいと思った原点が、出自である富士屋ホテルの存在だったかもしれません。高校生の頃、母の従姉妹に当たる作家の曽野綾子に、このテーマは書かないでほしいと懇願した過去を恥ずかしく思い出します。彼女自身の処女作『遠来の客たち』の舞台もまた、富士屋ホテルでした。
そして最初の単行本『箱根富士屋ホテル物語』が生まれたのですが、本当に自分が書きたいものはまだ完成していない、という想いを長年持ってきました。
小説は2000年代前半に何篇か商業誌に発表したことはありますが、久々の挑戦になります。いろいろと熟考しましたが、ノンフィクションノベルというかたちが、最もふさわしいスタイルだと思うに至りました。物語の種は無限にある題材です。長い連載になるかもしれません。
おつきあい頂ければ幸いです。

住まいマガジン びお