山口由美
2022年02月13日更新

仙之助編 六の十一

梅屋敷からの帰路、馬に乗ったヴァンリードとダニエルの手綱さばきは自然とギャロップ(馬を速く走らせること)になった。

事務所の玄関で荷物の仕分けをしていた仙之助は、思いがけず早い時間に戻ってきたヴァンリードの顔を見上げた。
「何か事件でもおきましたか」
「そうだ、大事件だ。仙之助、ホノルルに行けるぞ。コノヨノゴクラクジョウドダ」
「本当ですか?」
「こちらの船長が乗せていってくれるそうだ」

ヴァンリードよりはるかに上背もあり、胸板の厚い、白と言うより赤い顔をした異人がそこにいた。その昔、横浜が開港したばかりの頃、故郷の村で出回った錦絵に描かれた赤鬼に似た異人の顔を思い出した。

異人は仙之助の顔を見ると、にっこりと笑った。途端に恐ろしげな風貌がやさしげな顔になった。異人は表情が豊かで、喜怒哀楽で印象が変わる。
「はじめまして。私はダニエル・グローブです」
「はじめまして。私は……、私の名前は、仙太郎です」

咄嗟に口から出たひと言に、仙之助自身も驚いていた。

ヴァンリードも驚いて仙之助の顔を見た。

仙之助はヴァンリードにだけわかるようにゆっくりと日本語で答えた。
「ヘン、メイ、デス」
「密航者の変名か」
「はい、私は仙太郎と名乗って海を渡ります」

幕府の禁を犯して密航する者は変名を名乗ると、仙之助がヴァンリードから聞いたのは、まだ仙太郎が元気だった頃だ。異国に旅立つことは、まだぼんやりとした夢物語だったけれど、名前を変えるという話は、いかにも過去の自分との決別を象徴していて胸が躍った。

仙之助も仙太郎も養子となって名字が変わった。新しい名前を得ることは、新しい可能性を掴むことだという感覚があった。新しい名前で、新しい自分になる。どんな名前を名乗ろうか、笑いながら仙太郎と話したことを思い出した。

仙太郎に変名した仙之助

仙太郎と名乗ることは、亡くなった時から密かに考えていたことだった。

それは、仙太郎の分身となって海を渡ることでもあった。
「セン、タロウか。少し呼びにくいな。ジョンセンではどうか?」
「ジョンセン?」
「ジョンマンのジョンとセンタロウのセンだ。俺はかつてジョンマンと同じ船に乗っていた。賢いジョンマンのことを尊敬していた。同じ日本人のお前と航海できるのは光栄だ」
「ジョンマン?ジョン万次郎ですか」

信じがたいという表情をする仙之助にヴァンリードがうなずきながら微笑んだ。

次回更新日 2022年2月20日

著者について

山口由美

山口由美やまぐち・ゆみ

1962年神奈川県箱根町生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。海外旅行とホテルの業界誌紙のフリーランス記者を経て作家活動に入る。主な著書に『アマン伝説 創業者エイドリアンゼッカとリゾート革命』『日本旅館進化論 星野リゾートと挑戦者たち』『熱帯建築家 ジェフリー・バワの冒険』など。

この小説について

著者・山口由美からのメッセージ
思えば、物書きになりたいと思った原点が、出自である富士屋ホテルの存在だったかもしれません。高校生の頃、母の従姉妹に当たる作家の曽野綾子に、このテーマは書かないでほしいと懇願した過去を恥ずかしく思い出します。彼女自身の処女作『遠来の客たち』の舞台もまた、富士屋ホテルでした。
そして最初の単行本『箱根富士屋ホテル物語』が生まれたのですが、本当に自分が書きたいものはまだ完成していない、という想いを長年持ってきました。
小説は2000年代前半に何篇か商業誌に発表したことはありますが、久々の挑戦になります。いろいろと熟考しましたが、ノンフィクションノベルというかたちが、最もふさわしいスタイルだと思うに至りました。物語の種は無限にある題材です。長い連載になるかもしれません。
おつきあい頂ければ幸いです。

住まいマガジン びお