- 2022年10月30日更新
仙之助編 九の十二
アメリカンホテルの中庭でダニエル船長としばらく談笑していると、仙之助たちを案内してくれたボーイが再び姿をあらわした。後ろに見上げるほど大柄な体格の赤ら顔の男が立っていた。黒船来航の様子を描いた瓦版の異人によく似ていた。
未知の相手への恐れからだったのか、それは赤鬼のような形相をしていた。実際には、そんな容貌の異人などいなかったが、その顔を彷彿とさせた。
「キャプテン・ダニエルはお前さんかい?」
赤ら顔の男が言った。
「そうだ、はじめまして。会えてうれしいよ」
「俺は、ウィルバー・ダイヤモンドだ、よろしく、ウィルと呼んでくれ。お前が、俺の友達、ユージン・ヴァン・リードが手紙に書いてよこした少年だな」
「はい。はじめまして、お目にかかれて光栄です」
仙之助が答えた。
「ユージンは日本という国に惚れちまったらしいな。そんなに美しい国なのか」
「はい」
元気よく応対する仙之助を見ながらダニエルは言った。
「船上ではジョンセンと呼んでいた。働き者で物事の飲込みも早い。英語も航海中にすっかり上達した。若い頃、同じ捕鯨船に乗っていた優秀な日本人がいて、彼がジョンと呼ばれていた。日本に帰国して、ひとかどの人物に出世したらしい。そいつにあやかって俺がジョンセンと名づけた。センはお前の本名だったな」
「はい、私の名前はセンタロウ・ヤマグチです」
仙之助は咄嗟にそう答えた。ハワイに着いたら仙太郎と名乗ると決めていた。
「センタロウか」
ウィルは、よどみなく発音した。
「はい」
「お前と同じ名前の男とどこかで会ったことがある。聞き覚えのある名前だ」
「……」
思いがけないことを言われて仙之助は戸惑った。
「センタロウ、お前は勉強が好きか」
「はい、好きです。でも、なぜ……」
「そうか、じゃあ、決まりだ。お前は今日から我が家のスクールボーイだ」
住み込みのボーイをしながら学校に通う少年をそう呼んだ。当時のホノルルでは、あちこちの家庭にスクールボーイがいた。
「こりゃあ、話が早いな」
ダニエルが笑いながら言った。
赤ら顔のウィルに引き渡されて、センタロウとなった仙之助の新しい生活が始まった。