

- 2022年02月06日更新
仙之助編 六の十
それは、仙之助の運命が決まった瞬間だった。
「急いではいない。北の海でたっぷり仕事をしてもらった後でかまわない。必ずホノルルまで奴を届けてほしい」
「ラハイナではなく、ホノルルということだな」
「そうだ。俺はホノルルにしか知己はいない。知り合いの家でハウスボーイとして雇ってもらうつもりだが、ホノルルは郵便汽船も滅多に立ち寄らない、商船の寄港も少ない。俺の手紙を持ってその家まで行って事情を説明してほしい」
「そのくらいならお安い御用だ」
「よく気の利く働き者の少年だが、鯨のことは何も知らない。船上では働き手の一人にはならないだろうから船賃は渡すよ」
「ホノルルに着くのは秋になる。郵便汽船のような船賃をもらう訳にいかない。ジョンマンのように賢い奴なら、俺のキャビンボーイにしてやるさ」
「お前の目にかなうといいが」
「そいつはお前の商店で働いているのか」
「今はそうだ。ヨシワラの神風楼という店の跡取り息子だったが……」
「自分のところの商売は火事で焼けちまった訳か」
「そうだな。お義父さんも気骨のある商人だから、必ず店を建直すだろうが、まだだいぶ時間がかかりそうだ」
「だが、なんでそいつをホノルルに送るのかい?」
「ハワイ王国との重大なミッションを遂行するためだ」
「何だって?」
「俺はハワイ王国の駐日総領事を任命されている」
ダニエルは狐につままれたような表情になった。ヴァン・リードは慌てて言った。
「おいおい、とんだほら吹きの詐欺師に会ったみたいな顔をしないでくれよ。ハワイ王国からの信任状も届いている。疑うのなら事務所で見せるよ」
「疑ってなんかいないさ。やっぱりそうか。本当の目的は何かあると思っていたよ」
「ミッションというのは何だい?トップシークレットなら秘密は守るぜ。俺も共犯者になる訳だからな」
「いやいや、そんなスパイじみた話じゃない。移民だよ。ハワイに日本人の移民を送ることをハワイ王国政府に依頼されている」
「なるほど。ジョンマンに憧れる少年はその先遣という訳だな」
「移民団が到着した時に、何かと世話のできる同胞がいれば安心だろう。好奇心に満ちて向学心があって、人の心の機微をよく察する奴だ」
「ますます興味が湧くな。早くそいつに会わせてくれよ」
ダニエルは、急かすようにヴァン・リードの肩を叩いた。