山口由美
2022年07月03日更新

仙之助編 八の七

クレマチス号は貿易風で帆を膨らませ、滑るように海上を進んだ。

日増しに気温が高くなっていく。

夏の訪れと共に北に向かい、オホーツク海で沈まない太陽の下、冷たい風に吹かれ、秋の訪れと共に南に向かう。永遠に夏を追いかけているような航海だった。

故郷のハワイが近いからだろう、ラニは上機嫌だった。

ダニエル船長は、ハワイとは王国の名前で、地理的呼称はサンドウィッチ諸島だと教えてくれた。欧米で作られた地図や海図にはそう記してある。だが、ハワイという呼称の軽やかな響きは耳に心地よく、乗組員たちもそう呼ぶ者が多かった。

ラニは決して、サンドウィッチ諸島とは呼ばなかった。

ユージン・ヴァンリードもそうだったと思い出した。

仙之助も自然とハワイと呼んできた。

サンドウィッチ諸島とは、外からの来訪者がつけた呼び名である。それに違和感を覚える者は、その呼称を好まないのだと、仙之助は理解するようになった。

航海の間に仙之助の英語はすっかり上達した。ぎこちなかった発音も見違えるほどなめらかになった。言葉を覚えただけではない。航海や捕鯨船の仕事を通して広い世界を知り、さまざまな知識を身につけたことが大きかった。そのことが彼の語彙と表現を豊かにし、ものごとの理解も深くなった。

かつてのジョン万次郎と同じである。

強い日差しの下での労働ですっかり日焼けし、浅黒いラニの肌と見分けがつかないほどになった。体つきも心なしか胸板が厚くなり、少しだけたくましくなった。

少年は、ほんの数ヶ月で別人のように大人になる瞬間があるけれど、捕鯨船での日々は、まさにその時だったのだろう。

素直で人なつこく、ものごとの飲み込みが早い仙之助は、誰からもかわいがられた。

その性格と順応性もまた、かつてのジョン万次郎によく似ていた。

ダニエル船長が目をかけた理由でもある。口数が少なく、他の乗組員たちとは距離をおいているラニも仙之助には親しげだった。

彼は時々、やわらかな響きのハワイ語を唐突に口にする。

誰もが気に留めないその言葉に仙之助だけは、いつも興味津々に耳を傾け、何度となく聞き返して、英語の単語と同じように覚えようとする。

それが、ラニにはうれしかった。

海が凪いだ夜、満天の星空を見ながらラニは言った。
「ホク・レレだ」

流れ星だった。英語でShooting Starと言われても、仙之助にはぴんとこなかったに違いない。

藍色の夜空に白い線を描きながら消えていく星のことを、「ホク・レレ」という軽やかな名称と共に心に刻み込んだ。

次回更新日 2022年7月10日

著者について

山口由美

山口由美やまぐち・ゆみ

1962年神奈川県箱根町生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。海外旅行とホテルの業界誌紙のフリーランス記者を経て作家活動に入る。主な著書に『アマン伝説 創業者エイドリアンゼッカとリゾート革命』『日本旅館進化論 星野リゾートと挑戦者たち』『熱帯建築家 ジェフリー・バワの冒険』など。

この小説について

著者・山口由美からのメッセージ
思えば、物書きになりたいと思った原点が、出自である富士屋ホテルの存在だったかもしれません。高校生の頃、母の従姉妹に当たる作家の曽野綾子に、このテーマは書かないでほしいと懇願した過去を恥ずかしく思い出します。彼女自身の処女作『遠来の客たち』の舞台もまた、富士屋ホテルでした。
そして最初の単行本『箱根富士屋ホテル物語』が生まれたのですが、本当に自分が書きたいものはまだ完成していない、という想いを長年持ってきました。
小説は2000年代前半に何篇か商業誌に発表したことはありますが、久々の挑戦になります。いろいろと熟考しましたが、ノンフィクションノベルというかたちが、最もふさわしいスタイルだと思うに至りました。物語の種は無限にある題材です。長い連載になるかもしれません。
おつきあい頂ければ幸いです。

住まいマガジン びお