山口由美
2019年07月08日更新
画 しゅんしゅん

二の二

外国人墓地は、大きな門が結界のような役割を果たしている。

門の周囲で様子を伺う人たちの視線を背中に感じながら、私たちは門の中に入った。

目の前に楠の大木がそびえていて、思わず見上げた。木陰の涼風が心地よく、降るような蝉時雨に包まれる。そして、にわかに外界の雑踏が遠ざかるのだった。

物語の扉が静かに開くような、不思議な感覚をおぼえていた。

私たちは、管理人棟らしき建物を見つけて中に入った。

祐司がかしこまった様子で言う。
「あの、お墓参りにきたのですが」

私は、物見遊山の観光客ではないことを示すように、手にした白百合の花束をことさら目立つように持って後に続いた。
「はあ?」

家族の墓参りであれば、管理人のところになど寄らずに自分たちの墓に行くだろうに、と怪しんだのだろう。
「遠縁の親戚になりまして、私たちは長く疎遠にしていたものですから、墓地の場所が不案内でして」
「どなたの墓ですか」
「ジョン・エドワード・コーリアと申します」

私は、祐司の後ろで花束を持ったまま、心臓の鼓動が速まるのを感じていた。虎造は、外国人墓地に墓があると言ったけれど、にわかに信じられない感じがしていたのだ。

見当外れだったらどうしようと、不安になる。

ユリの花

管理人が私たちに向き直って、少しの間があった。
「ええと…、どなたですって?」
「ジョン・エドワード・コーリアです。建立したのは山口……」

祐司が言いかけたところで、管理人は立ち上がった。
「ああ、すぐ近くですから、ご案内しましょう」

見上げるような楠の下に続く緩い下り坂道を数歩進んだところで、管理人は止まった。

拍子抜けするほど、すぐ近くに墓はあった。
  

Memory of John Edward Collyer
Born in New York 1839
Died in Yokohama 24th June 1891

  

墓石には、文字だけが簡潔に刻まれていて、十字架はない。

次回更新日 2019年7月14日

著者について

山口由美

山口由美やまぐち・ゆみ

1962年神奈川県箱根町生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。海外旅行とホテルの業界誌紙のフリーランス記者を経て作家活動に入る。主な著書に『アマン伝説 創業者エイドリアンゼッカとリゾート革命』『日本旅館進化論 星野リゾートと挑戦者たち』『熱帯建築家 ジェフリー・バワの冒険』など。

この小説について

著者・山口由美からのメッセージ
思えば、物書きになりたいと思った原点が、出自である富士屋ホテルの存在だったかもしれません。高校生の頃、母の従姉妹に当たる作家の曽野綾子に、このテーマは書かないでほしいと懇願した過去を恥ずかしく思い出します。彼女自身の処女作『遠来の客たち』の舞台もまた、富士屋ホテルでした。
そして最初の単行本『箱根富士屋ホテル物語』が生まれたのですが、本当に自分が書きたいものはまだ完成していない、という想いを長年持ってきました。
小説は2000年代前半に何篇か商業誌に発表したことはありますが、久々の挑戦になります。いろいろと熟考しましたが、ノンフィクションノベルというかたちが、最もふさわしいスタイルだと思うに至りました。物語の種は無限にある題材です。長い連載になるかもしれません。
おつきあい頂ければ幸いです。

住まいマガジン びお