- 2019年09月15日更新
- 画 しゅんしゅん
二の十
祐司は饒舌に料理の説明をした。
「富士屋ホテルの名物と言いますと、正造がイギリスからレシピを持ち帰ったと伝えられるカレーライスと、醤油とみりんで味付けした虹鱒の富士屋風が有名ですが、丁寧にとったブイヨンが富士屋の料理の基本です。その味が一番感じられるコンソメスープは、何と申しますか、やはり味わって頂きたい一品です。もちろんポタージュでもよろしいですが。ボルドーに合わせる肉の煮込みは、お嫌いでなければ、タンシチューはいかがでしょう。私も好物でして」
「コンソメスープとタンシチューは、是非試してみたいですな」
「そうですか。でも、ほかにお気に召したものがあれば、遠慮なくおっしゃってください」
「コンソメスープは、ヒサさんが、いつだったか、ワインボトルに入れたものを持ってきてくれたことがありましたよ」
「えっ、そうでしたか」
「あれは美味しかった。忘れられない味です」
「ずいぶん昔から、ワインボトルにコンソメスープを入れて運んでいたんですね。誰が思いついたんでしょうか。私たちは今でも、家族で具合の悪い者がいると、そうやってスープを持ち帰ります。私なんぞは、白いお粥の方がいいと思うんですが、裕子は、お粥を嫌いましてね。いつもコンソメスープでした」
「ここに入った時から、その香りがしましたな。何とも懐かしい気がしましたよ」
「そうでしたか」
富士屋ホテルでは、スープのサービスも昔ながらだった。
シルバーのスープチューリンに入ったスープをウェイターが持ち回り、お客はそれをレードルで自分のスープ皿によそう。最初の一杯は、たっぷりと、二杯目は、半分より少し多いくらい、それがマナーだと教えられたのはいつだっただろうか。
私たちもコンソメを注文し、テーブル全体が優しいブイヨンの香りに包まれた。
「ジョン・エドワード・コーリアのお墓、父と行ってきました」
「お嬢さんも一緒に行かれたのですか。それは、それは」
「不思議な気持ちでした。外国人墓地に親戚、と言っていいのかな、自分につながる人のお墓があるなんて」
「どちらの山口家にとっても、コーリアは親戚のようなものです」
「青木山の本覚寺も行かれましたか?」
「えっ?それは何ですか?」
「はて、話していませんでしたかね」