- 2021年11月07日更新
仙之助編 五の十一
仙之助をハワイに送ることは、ヴァン・リードが唐突に思いついたことだった。
ハワイ王国の総領事として任命された日本人移民の計画をそろそろ実行に移さなければならなかった。神風楼に雇ってもらった牧野富三郎は、これから募集する移民団を率いる候補になると目論んでいたが、よく考えてみれば、仙之助のほうが多少の英語がわかるし、機転も利く。まずは仙之助をハワイに送り、移民団を迎えれば安心なのではないか。
渡航の船賃だけ工面できれば、仙之助は、現地でハウスボーイでも何でも器用にこなして移民を迎え入れる準備をするに違いない。
「 Wind……、風が違うのですか」
「ソレダケデハナイ。ウツクシイトコロダ」
仙之助は、戸惑っているようだった。物見遊山で異国に行くのではない。極楽浄土のように美しいと言われても、太平洋の孤島になぞ行きたくはないに違いなかった。
「オマエハ、メリケンニイキタイカ?」
「 Yes,I want to learn English(はい、英語を勉強したいのです)」
「 Don’t worry ,Many Americans live in Hawaii. You can learn English.(心配するな、ハワイにはたくさんのアメリカ人が住んでいる。英語の勉強はできる)」
仙之助の表情がほっとしたように明るくなった。ヴァン・リードは居住まいを正し、かしこまった表情で告げた。
「 I am a Consul General of Japan in Hawaiian Kingdom(私はハワイ王国の日本総領事である)」
「ハワイの王様から重要なお役目を預かっておられるのですね」
当意即妙な返事に驚いてヴァン・リードは聞いた。
「 Do you know the meaning of a Consul General(おまえは総領事の意味するところをわかっているのか)?」
「 No, but, I understand it means something important.(いいえ、ですが、何か重要なお役目であることは理解しています」
ヴァン・リードは笑いながら、仙之助の肩を叩いた。
言葉の意味がわかならなくても、前後の文脈から意味を取り、躊躇うことなく会話を進めることができる。仙之助には生来の語学の才があるのかもしれない。一人でハワイに送っても心配ないと思った。
日本人移民を送る計画の先遣としてハワイに行ってほしいと言うと、英語の勉強ができると言われた時よりも、もっとうれしそうな表情になった。
ヴァン・リードの任務を任されることが誇らしかったのだろう。だが、それ以上に仙之助は、被災した遊郭の息子である自分の立場をわきまえていた。藩の後ろ盾があるサムライのような留学がかなうはずはない。異国に行って来いと粂蔵は言ったが、渡航費の無心まではできない。異国に行く夢は、自分で切り開くしかないと思っていた。