- 2023年01月22日更新
仙之助編 十の十一
金色の朝陽が甲板の上に降り注ぐ、美しく穏やかな朝だった。
波も静かで、程よい風が吹いている。
サイオト号はマストに風をはらみ、滑るように航行していた。
男たちは、揃いの印半纏に紺色の脚絆という旅立ちの装束を身につけて甲板に集まった。
マストに掲げる白い帆を敷いた上に寝かされた和吉にも同じ印半纏が着せられていた。旅立ちの装束が、まさかの死に装束になってしまった。誰もが乗船した時の元気だった和吉を思い出して泣いた。
白い帆布に包まれた和吉の遺体は、親しかった者たちが数人で持ち上げて、海に投げた。航海中に死んだ仲間は水葬にするのがならいだったからである。
「和吉、成仏しろよ」
「お前の分まで、天竺がどんなところか見てくるからな」
「和吉、お前のことは忘れないぞ」
海に向かってひとしきり声をかけた後、遺体を投げた方角に向かって手を合わせ、チョンマゲを切った日と同じように神仏に祈った。
残りの者たちが無事に航海を乗り切れるように。体調の優れない者たちはもちろん、元気な者たちもみな、和吉の運命を他人事とは思えなかった。
どこまでも続く大海原には島影ひとつ見えず、いつまた嵐に見舞われるかもわからない。サイオト号もろとも海の藻屑に消えてしまうことだってある。博打に明け暮れ、ちょっとしたことで喧嘩が始まるのも、そうした不安の裏返しなのかもしれなかった。
血気盛んな若者たちも神妙な表情で手をあわせていた。和吉の死で、誰もが心の奥にしまった不安がもたげてくるのを感じていた。
その時、突然、苦しそうなうめき声が聞こえてきた。
「うっ……、ああああ」
手を合わせていた者たちは、身を固くして周囲を見回した。
少し甲高い女の声だった。
崩れ落ちるようにしゃがみ込んだのは、臨月を迎えていた妊婦の小澤とみだった。
陣痛が始まったのである。
サイオト号には五人の女たちが乗船していて、いずれも夫婦者の伴侶だったが、一九歳のとみは一番若く、しっかり者だった。出港当初の嵐では、同じく身重のはると共に酷い船酔いになったが、嵐が止んでからは食欲も旺盛になり、すっかり元気を取り戻していた。
女たちの最年長、まつが心配そうにとみの背中をさする。明け方から陣痛が始まっていたらしいのだが、我慢強いとみは、和吉の臨終と弔いに言い出しあぐねていたと、夫の金太郎がおろおろしながら言う。
そこにリー医師があらわれた。和吉を看取った時の呆然とした表情が一変して、任せておけと言わんばかりの自信に満ちた笑顔で頬を紅潮させていた。