- 2023年02月19日更新
仙之助編 十一の三
ユージン・ヴァン・リードの手紙を受け取った日から、仙之助は仕事と学校の合間をみては足繁く港に出かけるようになった。
富三郎と日本人移民を乗せたサイオト号をいち早く出迎えるためだった。
よく晴れた朝、いつものように馬の遠乗りに出かけるウィルに早めの朝食を用意して、手早く家の仕事を終えた仙之助は、埠頭にやって来た。
すると、その日は先客がいた。
埠頭におかれた大きな酒樽の上に座って大柄なハワイアンの男性が釣り糸を垂れている。
仙之助は彼がハワイアンであることを察して挨拶をした。
「アローハ」
ラニの家で覚えた言葉だった。学校やウィルとの会話ではハワイ語を使うことはないが、母親がハワイアンだというコックは時々ハワイ語を教えてくれる。
釣りをしていた男性は少し驚いたように仙之助の顔を見て、挨拶を返した。
「アローハ」
続いてハワイ語で何か問いかけられたが、仙之助は意味がわからずぽかんとしていた。
しばらくして、会話は英語に切り替わった。
「英語ならばわかるか」
「はい」
「ハワイ語の挨拶は誰に教わったのか」
「捕鯨船で一緒に働いていた同僚のラニから教わりました」
「お前も捕鯨船で働いていたのか」
「はい」
「お前はどこの出身だ」
「日本です。横浜から捕鯨船に乗りました」
「日本?」
驚いたように男性は聞き返した。
「お前は日本人なのか」
「はい」
「私は日本人に会うのは初めてだ。名前は何という」
仙之助は、久しぶりに自分が密航者であることを思い出して、慎重に答えた。
「センタロウです」
「セン……タロウ。そうか。私はロトだ。お前に会えて光栄だ」
「ロト、私もあなたに会えて光栄です。今は教会の学校に通いながら、フォート街のイギリス人の家でスクールボーイをしています」
そこまで話して、仙之助は聞かれてもいないのに初対面の人に自分の素性を話しすぎたと少し後悔した。