- 2023年08月13日更新
仙之助編 十三の四
一八六八年の十二月二十四日、クリスマスイブの夜、仙之助は、前の勤め先であるウィル・ダイヤモンドに手伝ってほしいと声をかけられた。自宅に人を招いてパーティーをするのに手が足りないのだと言われた。
日本人移民をめぐる騒動は、ホノルルの小さな社交界ですっかり有名になっており、仙之助が渦中にいることはウィルもわかっていたが、だからこそ、気分転換させたい気持ちもあったのだろう。わずかの間に同胞を三人も亡くし、気落ちしていた仙之助は逡巡したが、世話になった相手から懇願されれば、断る訳にもいかなかった。
十二月のホノルルは、少し気温が下がり、朝晩は肌寒さも感じるが、日中の日差しは強かった。木枯らしの吹いていた横浜のクリスマスの頃とは全く異なる。
仙之助は糊のきいた白いシャツに着替えて、ウィルの家の玄関に立った。
「おう、センタロウ、よく来てくれた」
赤ら顔のウィルがウィスキーグラスを片手にあらわれた。
「もう飲んでおられるのですか」
「ハハハハ、今日はクリスマスだから特別だ」
見慣れたリビングルームには、大きなクリスマスツリーが飾ってあった。
「あ、……」
仙之助は、思わず言葉を失った。
「どうした。クリスマスツリーを見たことがないのか」
「いえ、そうではなくて。私が生まれて初めて、横浜で見たクリスマスツリーにあまりによく似ていたので。赤いガラス玉と金色の星と……、」
「そうか。でも、木は違うだろう。これはクックパインという南洋でも育つ松の木だ。横浜にモミの木(Fir Tree )はあったのか」
「わかりません。でも、ヴァン・リードさんは、これによく似た木を私の店に売りに来て」
「ハハハハ、ユージンはクリスマスツリーの行商人だったのか」
「はい」
「あいつは、いつも突拍子もないことを考えるからな。だから、誤解もされる」
「…………」
「あいつの悪い噂がたっていることは知っている。このたびのことは、いろいろと行き違いがあったのだろう」
「私にとっては……、恩人です。でも……」
「あいつが本当は悪党なのか、誤解なのか。今はわからんな」
「…………」
「だがな、ものごとは、今何が一番大事か、優先するべきは何かを見極めることが大切だ。なあに、誤解なんてものは、いつかわかりあえる時が来る。心配するな」
ウィルはそう言って、仙之助の肩をぽんと叩いた。