- 2023年12月24日更新
仙之助編 十四の十一
富三郎は、したためた手紙に封をすると、再び港に急いだ。
ダウンタウンの通りに出ると、強い風が吹いていた。
帆船の航海にはいい風だ。今夜の出港とは言っていたが、船長の気まぐれで早い出発もあるかもしれない。
息を切らして埠頭に辿り着くと、あの商船は午前中と同じところに停泊していた。
富三郎は、中国人船員に名前を聞き忘れていたことを思い出した。
しかたがない。また大声で叫ぶしか無かった。
「ハロー、ハロー」
欧米人の船員が甲板に姿をあらわし、怪訝そうな顔で富三郎を見た。
「チャイニーズの船員を呼んでくれ」
富三郎が叫ぶと、わかったという表情をして船室に姿を消した。
しばらくして、ようやく、あの船員が甲板に出てきた。
「手紙を持ってきた。横浜の、お前が手紙を受け取ったところに渡してくれ」
富三郎は、そう言って手紙を渡した。
「大丈夫か」
不安げに問いただすと、船員は言った。
「大丈夫だ。確かに手紙は預かった。ジン……、ジンプー」
「ジンプーローだ」
そう返すと、船員は、にやっと笑って言った。
「ジンプーローにはいい女がいる」
その言葉に富三郎は、手紙は間違いなく届くと確信した。
粂蔵が再興した神風楼は、船員たちに人気の店になっている。手紙があろうが、なかろうが、彼らは神風楼に行くに違いない。
富三郎は、記憶の中にある、火事で焼ける前の神風楼を思い出していた。
繁盛しているのなら、横浜に帰る選択肢もあったのかもしれない。手紙を渡せる機会を失いたくなくて焦って決断したのは、最も困難な道だった。だが、富三郎は、仙之助の手紙の行間に、再び未知なる世界に飛び出したくてうずうずしている彼の本意を読み取っていた。
ハワイへの渡航を決めた時と同じように、また彼に背中を押された気がしていた。
「サンフランシスコか……」
富三郎は、思わず空を見上げた。
そして、独り言をつぶやいた。
「サンフランシスコで、仙之助と一旗揚げるか」
契約満了後の移民たちにアメリカへの渡航希望者が多いことも、背中を押されたもうひとつの理由だった。サトウキビプランテーションでは稼げる金はたかが知れている。ホノルルよりも、いっそのこと新天地で夢を追いかけたい者が多かったのだ。